対談:バーテンダー/SG Groupファウンダー 後閑信吾 × 三和酒類 顧問 下田雅彦【前編】
つくり手の立場から、本格焼酎の歴史的な変遷と製造法について語ってきた「焼酎博士」こと下田雅彦(しもだ・まさひこ)が、一人の「本格焼酎研究家」として対談を熱望していた相手が、後閑信吾(ごかん・しんご)さん。世界的に評価の高いトップバーテンダーです。お酒を飲む人にいちばん近いところにいるバーテンダーであり、世界を舞台に活躍する後閑さんを下田は、「本格焼酎の頼れる応援団」だと言います。後閑さんの興味深いお話に、すっかり引き込まれる展開となりました。 第11回 対談:忠孝酒造 大城勤 後編「日本のホワイト・スピリッツが世界で勝負する準備は整った」 第13回 対談:後閑信吾 後編「本格焼酎は『止まることなく進化を続ける伝統』」 文:井上健二 / 写真:三井公一
●後閑信吾さんとSG Group
後閑信吾さんが率いるSG Groupは世界の大都市にバーを次々にオープンし、それぞれ「The World’s 50 Best Bars」などで上位に選ばれるなど高い評価を得ています。最近ではニューヨークのバー「Sip & Guzzle」が2026年の「North America’s 50 Best Bars」1位に。後閑さんご自身も、2012年に「バカルディ・レガシー・カクテル・コンペティション」世界大会に北米代表として参加し優勝。2017年に Tales of the Cocktail®で「インターナショナル・バーテンダー・オブ・ザ・イヤー」、2019年に「Asia’s 50 Best Bars」で「Altos Bartenders’ Bartender Award」、2021年に「Roku Industry Icon Award」など個人最高賞を多数受賞しており、今最も注目されるバーテンダーの一人です。
――世界のバーシーンを知る後閑さんから見て、海外では本格焼酎はどう捉えられているでしょうか。
後閑信吾(以下、後閑) 僕がアメリカへ行ったのは、ちょうど20年前の2006年です。「Angel’s Share*1」というニューヨークのジャパニーズ・スタイルのバーで働いたのですが、先輩に、「焼酎って英語でどう説明すればいいですか?」と聞いたら、「ジャパニーズ・ウオッカと言っておけばいい」と言われました。まだ英語がよくできなかったので、教わった通りに説明していましたが、今から考えると、ロシアの地酒に「ジャパニーズ」とつけるなんてメチャクチャですよね。その時代から考えると、現在は焼酎に対する海外のバーシーンでの理解も格段に進んでいます。*1 Angel’s Share:1993年に開店したジャパニーズ・スタイルの伝説的バー。当時の一般的なアメリカのバーとは一線を画し、少人数で静かにカクテルを楽しむスタイルで、後閑さんをはじめ多くの著名なバーテンダーを輩出している。koji noteに登場した池田真一(いけだ・しんいち)さん、渡邉琢磨(わたなべ・たくま)さんも同店の出身。
下田雅彦(以下、下田) 今は「Shochu」で通じますか。
後閑 通じます。あえて英語にするなら、「Japanese Traditional Spirits(日本の伝統的な蒸留酒)」、麦焼酎なら「made from barley(麦からつくられる)」と続けます。
バーテンダー/SG Groupファウンダーの後閑信吾さん
少なくとも今NYのバーテンダーで本格焼酎を知らなかったら、「え、知らないの?」という感じですね。韓国のソジュ*2があるから少しややこしいですが、バーシーンにおいては本格焼酎の方がソジュより評価が高い。アメリカ以外でも、「The World’s 50 Best Bars」に名を連ねるような一流のバーなら、メニューに本格焼酎を使ったカクテルが必ず1つは入っています。
そうなった原動力は、三和酒類さんの「iichiko彩天(いいちこさいてん)」がアメリカで発売されたことが大きいと思います。本格焼酎をより広く普及させるには、アメリカでは特にバーテンダーに認知されることが大切なのです。*2 ソジュ:韓国の蒸留酒。英語圏では、「Shochu」と「Soju」は発音が似ているうえ、どちらもアジアの蒸留酒であるため、かつては混同されることが多かった。
バーテンダー/SG Groupファウンダーの後閑信吾さん
三和酒類でバーを中心に海外展開しているラインナップ。左から「TUMUGI」「iichiko彩天」「iichiko心和」「いいちこシルエット」。「iichiko心和」は現在、海外のみで販売されている。「iichiko彩天」は、2019年にアメリカで発売しバーシーンで評価を上げてから、2025年に日本国内で発売するという「逆輸入」の戦略をとった(写真:三和酒類)
下田 「iichiko彩天」もその戦略をとりました。
後閑 日本だと、新しいプロダクトを広めるのに、広告代理店がプランを練り、テレビCMとかで多くの消費者にアピールしようとするじゃないですか。でも、アメリカで新しいお酒を売りたいなら、バーテンダーとか酒屋のようなプロに広めて、そこから消費者に落とし込んでいく戦略の方が効果的です。アメリカでは、スポーツバーのバーテンダーでもカクテルは一通り作れるくらい、バー文化が発達しているんです。
そのレベルまで入り込めたらアメリカで本格焼酎はもっと普及し、それを契機に世界でも広がるでしょう。日本では和酒を扱うことをイメージダウンと捉えるバーもありますが、カクテルに本格焼酎を使いたがらない日本のバーテンダーも、海外でブームになっているというトレンドを知れば、焼酎カクテルに興味を持ってくれるかもしれません。
下田 いわば逆輸入ですね。麹についてはどうですか。
後閑 本格焼酎と比べると、まだ麹はポピュラーではありませんね。ただ、柚子や抹茶のような日本の食材を使うのがクールだという風潮が海外にはあるので、シェフやバーテンダーの間では麹についての理解は徐々に広がってきている印象があります。
三和酒類 顧問 下田雅彦
――本格焼酎がバーテンダーにより広く認知されるためには、どのようなピースが必要でしょうか。
後閑 不可欠なのは「フルーツ感」です。フルーツ要素が入っていないカクテルは多分存在しない。フルーツ感に乏しいスピリッツは、カクテルとして使える幅が狭くなるのです。
下田 どれだけ甘味を抑えたカクテルでも、必ずフルーツ感はありますね。
後閑 ジントニックにはライムが入るし、オールドファッションドというウイスキーのロックに近いシンプルなカクテルにもオレンジピールを飾ります。ドライなカクテルの典型であるマティーニも、ドライジンとぶどう由来のドライベルモットで作られ、レモンピールやオレンジピールを使います。
下田 ベルモットは白ワインに香草やスパイスを漬け込んだものですから、確かにフルーツ感がありますね。
後閑 ベースとなる蒸留酒にフルーツ感があり、さらにそこにフルーツのニュアンスを加えるからこそ、飲み物としてまとまりが生じる。混ぜただけで要素がバラバラだったら、美味しくないですからね。ウオッカはカクテルベースとしてポピュラーですが、ほぼ純粋なアルコールで原料の風味などはなく、フルーツ感に乏しい。いま世界のカクテル業界では、ウオッカベースのカクテルの需要は下火になっています。現代のバーテンダーが求めるのはウオッカではなく本格焼酎の方向性だと思います。本格焼酎にはウオッカにはない複雑味があり、それがカクテルベースとしての強みになる。
下田 それはいいことを聞きました。本格焼酎のお手本は日本酒。バナナやパイナップルのような日本酒の吟醸香*3は「いいちこ」にも感じられます。特に「いいちこフラスコボトル」は、本格焼酎の吟醸酒を目指した商品。麹原料の大麦を通常よりも多く削り、フルーティーな香りを最大限に引き出しています。*3 吟醸香:一般に、日本酒で原料の米を多く削り、低温でゆっくりと発酵させることでお酒に感じられるようになる、フルーティーな香り。
後閑 それでカクテルを作ったら面白いでしょうね。
下田 後閑さんにお会いしたら、ぜひお聞きしたいと思っていた疑問がありました。
後閑 何なりとどうぞ。
下田 洋酒で作るカクテルは、基本的にドライでシャープ。私の中では映画「007」のジェームズ・ボンドが飲むウオッカ・マティーニのイメージです。それは余韻を残さず、後味をどんどん切っていく文化。ところが本格焼酎で作るカクテルは芳醇(ほうじゅん)で余韻が残ります。それは食事と一緒に楽しむうえではポジティブだと思いますが、バーシーンではマイナスにならないのでしょうか。
後閑 興味深い視点ですね。世界的にかつては余韻のない、シャープなカクテルが好まれる傾向がありました。でもそのトレンドは変わりつつあり、余韻が残るロングフィニッシュなものも増えています。発想が自由になり、バーテンダーと飲み手の許容範囲が広がっている印象があります。
下田 それを聞いて安心しました(笑)。
後閑 よい例が、僕が好きなシェリーです。以前はドライな種類であるフィノ*4くらいしかカクテルには用いられなかったのに、現在では濃厚で甘口のペドロ・ヒメネス*4まで使われるようになってきました。
下田 私もシェリーは大好きです。ちょっと脱線しますが、シェリーの風味は日本酒の古酒に近いですね。
後閑 その通りです。日本酒の古酒はシェリーのアモンティリャード*4やオロロソ*4、吟醸酒はフィノ、そしてみりんはペドロ・ヒメネスに相当すると僕は思っています。シェリー以外でも、ペルーやチリのピスコ、ブラジルのカシャッサなどなど、数年前からバーシーンではやり出した中南米原産の蒸留酒は、フレーバーに個性があるロングフィニッシュタイプです。*4 フィノ、ペドロ・ヒメネス、アモンティリャード、オロロソ:いずれもシェリーの種類。シェリーは原料であるぶどうの品種、製法によって味わいが変わり、さまざまな種類に分類されている。フィノはライトボディですっきりした辛口、ペドロ・ヒメネスは極甘口、アモンティリャードはフィノを長期熟成させたもの、オロロソはフルボディで豊かな香りがある辛口。
下田 ぜひ飲み比べてみたいですね。
後閑 中南米の蒸留酒のなかで、僕が個人的に本格焼酎のベンチマークになり得ると考えているのは、メキシコのメスカルです。メスカルはいま世界中で大人気の蒸留酒。僕は「The SG Shochu*5」を企画した頃から、本格焼酎は将来「ネクスト・メスカル」になる可能性があると思っていました。*5 The SG Shochu:後閑さんが企画し、2020年に発売されたバー向けのカクテルベースの本格焼酎。「KOME」「MUGI」「IMO」の3タイプがあり、「MUGI」の共同開発を三和酒類が担当。当時の三和酒類の社長は下田。
――メスカルは、リュウゼツランという植物からつくられる伝統的な蒸留酒。なかでもアガベ・アスールというリュウゼツランからつくられるのが、テキーラですね。
後閑 はい。僕が渡米した20年前、メスカルはどのバーにも置かれていなかった。ところが、いまでは逆にアメリカを含めてメスカルを置いていないバーを探すのが難しいくらいになっている。この20年で最も成功したお酒の一つです。
下田 どこが受けたのでしょうか。
後閑 アメリカのカクテル文化のなかで認められて、人気に火がつきました。原材料をローストするところから来る、超スモーキーな独特のフレーバーが、強く濃い味わいを好むアメリカの消費者にもバーテンダーにも深く刺さったのです。原材料や製法に多様性があるのも特徴で、バーテンダーとしても創作意欲を強く刺激されるスピリッツです。
下田 メスカルは16世紀からという長い歴史があると聞きます。本格焼酎も同じくらいの歴史と伝統があり、製法も原材料も多種多様。麦、米、芋など全53種類の原材料が認められています。私は世界を見渡しても、本格焼酎ほどテロワール*6が豊かで、ストーリー性に富んだ蒸留酒はないと思っています。そこに「ネクスト・メスカル」としての伸び代がありそうですね。*6 テロワール:気候、土壌、地形、人の営みなどが生産物の風味や個性に与える総合的な影響を指す概念。ワインにおけるぶどうの生産環境などを指すことが多い。
PROFILE
後閑信吾(ごかん・しんご)
SG Groupファウンダー
1983年生まれ、神奈川県出身。2001年にバーテンダーとしてのキャリアをスタート。2006年に単身渡米し、ニューヨークの名店「Angel’s Share」の4代目ヘッドバーテンダーを務める。2012年、「バカルディ・レガシー・カクテル・コンペティション」全米大会、世界大会で優勝。2014年に中国・上海に「Speak Low」をオープン以後、国内外に新しいコンセプトのバーを次々とオープンさせる。2017年にはバー業界のアカデミー賞といわれる「Tales of the Cocktail®(TOTC)」で「インターナショナル・バーテンダー・オブ・ザ・イヤー」を受賞。2019年に「Asia’s 50 Best Bars」で個人に贈られる最高賞「Altos Bartenders’ Bartender Award」(バーテンダーが選ぶバーテンダーのための賞)、2021年に「Roku Industry Icon Award」(業界に大きな影響を与えた人物を表彰)をそれぞれ受賞。2026年にはNYのバー「Sip&Guzzle」がNorth America’s 50 Best Barsで1位に輝く。斬新なアイデアと行動力を武器とする、国内外のバー業界の風雲児。
PROFILE
下田雅彦(しもだ・まさひこ)
三和酒類株式会社 顧問 工学博士
1955(昭和30)年生まれ、大分県豊後大野市出身。大阪大学工学部醗酵工学科卒業後、兵庫県の日本酒メーカーに勤務。1984(昭和59)年にUターンで三和酒類に入社。専門技術者として焼酎製造技術開発、商品開発、品質管理に従事しながら、1998(平成10)年に大阪大学工学博士号取得。1999(平成11)年に取締役に就任後、2017(平成29)年、オーナー家以外から初の社長に就任。2023(令和5)年、取締役会長、2025(令和7)年10月より顧問を務める。