浅利妙峰「あえて言いますとね、塩こうじは手間を飛び抜かすことをやってくれた」

もっと語ろう麹と発酵 Vol.04【前編】あえて言いますとね、
塩こうじは手間を飛び抜かすことをやってくれた

糀屋本店社長浅利 妙峰

聞き手:作家・ライター 藤田 千恵子

全国に「塩こうじ」ブームをもたらした“張本人”がこの人、浅利妙峰さん。浅利さんの塩こうじの開発・普及活動は、キッチンにおけるこうじの魅力再発見の契機となり、こうじを使った製品の研究開発に今も余念がありません。お話を伺うのは全国の酒蔵を巡り歩くライター、藤田千恵子さん。前編・後編に分けて公開し、本記事は前編となります。 後編はこちら 写真:三井公一

調味料としての「こうじ」の発見

藤田
最初に塩こうじの存在を知ったのは、もう十数年前のことになります。浅利さんが塩こうじのピザを紹介している記事を見て、「なんて上手なプレゼンテーションだろう」と。

私は日本酒や味噌(みそ)・醤油(しょうゆ)の取材を通じてこうじの大切さは知っていましたが、こうじ自体をそのまま家庭で使うこと、食生活に取り入れる発想はその頃にはありませんでした。醸造場で使われるものというイメージしか持っていなくて。でも浅利さんの記事を見て、ピザと塩こうじなら使ってみたいと強く興味をそそられました。
(左)作家・ライター 藤田千恵子(右)糀屋本店社長 浅利 妙峰さん
浅利
こうじというのは、世間では酒や調味料を醸造するときの生みの親だと思われていたんですよね。
藤田
はい、お酒を仕込む際に大切なものという感覚だけで。プロの人たちが扱うものだから、家庭の台所ではおいそれとは手が出せない感じでした。でも調味料として塩こうじは大ブームとなりましたね。誰もが簡単に使いこなせる調味料として台所に置かれ、何でも美味しく仕上がる重宝なものという存在に。

多くの人たちが発酵に興味を持つ入口のような役割も果たしましたし、全国のこうじ屋さんが息を吹き返すことにもつながりました。浅利さんが塩こうじを世に出そうと一念発起されたきっかけを教えてください。

塩こうじを世に出すきっかけ

浅利
私は江戸時代から代々続くこうじ屋の長女として生まれたのですが、私の少女時代にはまだ、家で味噌や甘酒を造ろうという人たちもいました。従って、こうじ屋という商売も成り立っていて、佐伯(さいき)市内にもうちのほかに5軒くらいのこうじ屋はあったんです。でも、それが時代の流れの中で、女性の社会進出に伴い、家事時間の減少ということもありましたし、家でこうじを使う機会は減りました。

調味料がお金を出せば買えるものに変わっていくと、こうじ屋の数もどんどん減って、うちは佐伯市でただ1軒のこうじ屋になりました。売り上げも年々減って、もう店を閉めようかという話も出てきたときに、うちの次男が「日本の伝統文化を支えているのはこうじだから、店を継ぎたい」と言い出したものですから。それならば、赤字で傾いた店のまま渡すということはできないので、ちょっと、あがいてみようと思ったんです。
藤田
あがく……。どんなことをなさったんですか。
浅利
勉強会に行ったり、いろいろな本を読んでみたり。すると、風前のともしびみたいなこうじ屋も江戸時代にはバンバンもうかっていたことが分かってきました。古い文献をひもといて、巡り合った「本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)」*1という本の中には、漬け床の一種に「塩こうじ漬け」というものがあると書かれていたんです。*1 本朝食鑑(ほんちょうしょっかん):1695(元禄8)年に漢文体で刊行された食物書(1697年刊行という説もある)。医師の人見必大(ひとみひつだい)が、1596年に中国の明で刊行された「本草綱目(ほんぞうこうもく)」に依拠し、それを吟味のうえ記述している。
だけど私は、その塩こうじを漬け床として掘り起こすのではなくて、調味料として、塩ということで捉えてみたんです。塩は世界中で使われているもので、新鮮な食材に塩を合わせさえすれば、和洋中のどんな料理であっても美味しいものになる。そこにこうじの働きで甘味やうまみが加わるならと思って、自分でも塩こうじを調味料として使ってみたんです。

糀屋本店社長 浅利 妙峰さん

それはイカの塩辛から始まった

藤田
まずはどんなふうに使われたのですか。
浅利
最初に試してみたのは、塩辛。うちは海が近いので、いつもイカの塩辛を作っていたんです。新鮮なイカを刺身にして、足やヒレの部分に塩やお酒を入れておくと、3日目位にちょうどいい味になる。ところが、イカに塩こうじを混ぜた瞬間に3日目の味になった。
藤田
すごい! こうじの力ですね。
浅利
で、これいいんじゃないのとなって、そこから、これに使ったらどうだろう、あれに使ったらどうだろうと、どんどんレシピが膨らんでいって。
藤田
塩こうじは、オリーブオイルやごま油とも合いますね。
浅利
油との親和性もあって。こうじのもつ酵素(リパーゼ)が脂肪を分解するという働きもありますし。
糀屋本店社長 浅利 妙峰さん

「こうじ屋ウーマン」として引っ張りだこに

藤田
塩こうじの発案と商品化は何年頃だったのですか。
浅利
2007年です。その少し前、2006年にこうじ菌が国菌として指定されたんですよ。しかしこうじ屋は、その頃はどこも経営状態が厳しくて、息もたえだえの状態でした。味噌や醤油、酒の工場に行けば、こうじたちは昔どおりに活躍できているのですが、家庭の台所にはこうじたちはいなくなっている。

こうじが手に入りさえすれば、家庭でもいろいろなことができるわけです。皆さんが手作りしていた文化をもう一度振り返ってくれれば、家庭でもこうじが活躍する場が取り戻せるかもしれない。そう思って塩こうじを発売したんです。
藤田
そして、ほどなくして妙峰さんは、塩こうじを世に出した「こうじ屋ウーマン」として時の人となるわけですよね。ご家族の方はびっくりされませんでしたか。お母さんが急にテレビに出る、雑誌や新聞に載る、引っ張りだこの状態になって。

糀屋本店社長 浅利 妙峰さん

塩こうじにはまったわけ

浅利
子どもたち5人全員の子育ては終了していました。だから、みんな、なんということもなく「お母さんテレビに出てたよ」と、そんな感じでしたね。それでテレビや雑誌に出た私を見た周囲の人たちから、「いいねえ、お母さんがお料理上手で。小さいときから美味しいもの食べてきたんでしょ」って子どもたちは言われたりしたんですけど、そうすると「いや小さいときからじゃなくて、2007年から」って(笑)。
(左)作家・ライター 藤田千恵子(右)糀屋本店社長 浅利 妙峰さん
藤田
塩こうじを商品化した年からですか。
浅利
いや、私も料理は下手ではなかったんですよ(笑)。だけどね、なんで塩こうじにはまったかというと、手間を省けるからです。手間を省くことについては、ちょっと話はわき道にそれますけれど、私が敬愛する民芸運動の柳宗悦さん*2が著書の中でこう書かれています。

「元来我国を『手の国』と呼んでもよいくらいだと思います。<中略>手はただ動くのではなく、いつも奥に心が控えていて、これがものを創らせたり、働きに悦びを与えたり、また道徳を守らせたりするのであります」(「手仕事の日本」から)、とね。

つまり、日本の文化というのは手の文化。それは日本の料理についても同様だと思いますよ。手間をかけ、心がこもった料理は美味しいですよね。それを理解して心から賛同したうえで、あえて言いますとね、塩こうじは手間を飛び抜かすことをやってくれた。*2 柳宗悦(やなぎ・むねよし):1889~1961年。美術評論家、宗教哲学者。大正末期から民芸美論を論じ、講演と調査、収集のため国内外を旅する。工芸家と同志的な交流をもち、民衆の工芸の美を解明、民芸運動の普及に努めた。雑誌「工藝」「民藝」を創刊。1936(昭和11)年、東京・駒場に日本民芸館を創設。
藤田
確かに、塩こうじを使うと時間を節約できるところがありますね。塩こうじでもみさえすれば、肉でも魚でも野菜でも何でもすぐに深い味になる。手をかけた美味しさを出せる。

こうじには100種類以上のうま味がある

浅利
「さしすせそ」の調味料は、さ=砂糖、し=塩、す=酢、せ=醤油、そ=味噌でしょう。「さ」の砂糖は、江戸時代にはとても高価なものでした。その代わりに、こうじを使って造った酒や甘酒やみりんが甘味として使われていました。「さしすせそ」のうち、こうじと関わっていないのは、塩だけなんです。そこに塩こうじを入れる。そうすると、全てこうじを使った調味料になるんです。こうじは酵素を含んでいるので、健康にもうれしいですね。
藤田
日本の調味料は、美味しいだけでなく健康的ですよね。
浅利
はい、こうじにはタンパク質の分解酵素だけでも100種類以上ありますから、それがうまみを生み出すわけですね。私は「塩こうじ一本勝負」と呼んでいるんですが、食材が魚でも肉でも野菜でも、その重量の10%だけの塩こうじを使う。あとは、蒸す、煮る、焼く、揚げる、それぞれの調理法でいろいろな料理が作れてしまうんです。料理上手な人は、あれやこれや、いろいろなことができるけど、そうじゃない人でも塩こうじなら、誰でも、どこの国の人でも。
藤田
料理人の「包丁一本」ならぬ、「塩こうじ一本」なんですね。塩こうじは、日本だけでなく海外の方々にも使われているようですね。
〈図1〉日本食を支える発酵調味料図版:©糀屋本店 浅利妙峰

乾燥こうじ「キスケ糀パワー」誕生秘話

浅利
2011年頃だったかな、私、NHKの「今日の料理」に出していただいて。その時はちょうど長男が青年海外協力隊に参加してパラグアイに行っていたんです。現地の日本人から「あなたと同じ浅利という苗字の人がテレビに出ていたよ」と息子は言われて。「俺のお母さんだよ」と言ったら、みんながびっくりして、「じゃあ、塩こうじのこと教えて」ということになったそうなんです。

長男は看護師として現地にいたので、日系の人の食事指導もしていたんです。出発前に「塩こうじ、すごくイイから持っていったら」と勧めたんですが、「いや、俺は塩があればいい」と言われちゃって(笑)。
藤田
え、こうじは?
浅利
「塩こうじなんて、俺には必要ねえ」って感じ(笑)。ですけど、現地の人に頼まれて塩こうじを改めて伝えたのがきっかけで、長男もその魅力にはまった。そのおかげで、私たち夫婦も行ってみようということになり、生まれて初めて38時間かけてパラグアイまで旅したんですよ。また、海外旅行というと、こんなこともありました。ヨーロッパに行った際に手荷物として生のこうじを持って行ったんですが、スーツケースの中でこうじの発熱が始まっちゃって。スーツケースはホカホカになるし、中身は湿っちゃうしで大変でした。
糀屋本店社長 浅利 妙峰さん
藤田
それは、空港の入管では怪しい日本人という感じですね。
浅利
麻薬とは違うんだけど(笑)。それで生のこうじはもう持っていけないから、乾燥こうじにしよう。乾燥こうじにするにしても、米粒が残らないように粉にしちゃえ、ということでいま販売している粉の商品「キスケ糀パワー」が生まれたんですよ。
藤田
あれは、サッと振りかけられて便利ですね。こうじは生き物だから温度が高過ぎたら滅菌されてしまいますが、パウダーにするときも、温度に気をつけながらですか?
糀屋本店商品

こうじの酵素が胃腸の消化を助けてくれる

浅利
そう、低温で乾燥させて。乾燥だから菌も酵素も失活(しっかつ)*3していないんですよ。なので、お酢にこうじパウダーをかけたりすると、すごくフルーティーな香りになるし、濃縮還元ジュースに振りかけるとフレッシュな感じになるから試してみて。*3 失活(しっかつ):化学物質や細菌などの活性が失われて反応を起こさなくなること。不活性化。
藤田
はい、試してみます! こうじの酵素が料理や飲料の味や香りなどに作用するんですね。
浅利
2011年から2012年にアメリカに行ったとき、向こうの人たちはエンザイム(酵素)を話題にしていたんですよ。例えば、胃が弱くてお肉を食べられない人は、お医者さまからたんぱく質分解酵素のエンザイムを処方してもらい、それを飲んでからお肉を食べるというように。そうすると、お肉を食べても消化不良が起きにくい。

となると、こうじを料理に使えば、わざわざサプリメントとしてのエンザイムを飲まなくてもいいのね、と帰国後に気づいたんですよね。こうじには、炭水化物、たんぱく質、脂質を分解する三大消化酵素(図2参照)があるでしょう。だから、こうじを使った料理を食べるということは、胃腸で消化する前の事前消化が可能になるわけですよね。
〈図2〉こうじの三大消化酵素こうじに含まれる酵素「アミラーゼ」「プロテアーゼ」「リパーゼ」がそれぞれ、炭水化物(でんぷん)、タンパク質、脂肪の分解作用を持っている
(図版:©糀屋本店 浅利妙峰)
藤田
事前消化! 説得力のある良い言葉ですね。事前に消化できるから、こうじを用いたものは身体に優しいという性質につながりますね。
浅利
例えば、こうじの消化酵素のアミラーゼが米のでんぷんを糖に分解するから甘酒が造れるわけでしょう。甘酒には、糖だけでなくてビタミンB2やB6などのビタミンB群の栄養も含まれているから「飲む点滴」と呼ばれているくらい、身体に良いわけです。
藤田
浅利さんが参加されていた発酵関連のクラブハウスで「お金持ちは、夏バテにはウナギ。そうじゃない人は、こうじの甘酒を飲めばいい」と話されているのを聞いて、笑いながらもなるほどなあ、と納得しました。
浅利
こうじが三大消化酵素を持っていることを知らない人でも、発酵食品はうまみがあるから美味しいとか、身体にいい感じとか、そこは伝わっているんですよね。
糀屋本店社長 浅利 妙峰さん

三和酒類の西さんに元気をいただきました

藤田
近年の発酵ブームにも塩こうじは大きく貢献していますね。20年くらい昔は友人に「発酵」と話しても、「薄幸?」とか聞き返されてましたけど、今は誰でも発酵だと分かってくれます。
浅利
あははは。2007年に経営の勉強会に通って、半年くらい勉強したあと発表会がありました。ちょうどその時、三和酒類の会長を務められた西太一郎さんが見えていたんです。私たちの発表が終わったあとに西さんが、「浅利さん、発酵は世界の最先端を行っているから頑張りなさいよ」と言ってくださったんですよ。

その頃、うちの店の経営は傾いてどん底だというのに、なんで最先端なん? って分からなかった。でも、徒競走でグラウンドの最後のほうを走りながらハアハアしているときにピーッって突然笛吹かれて、「まわれ右」って言われた感じ。「ほんとー? トップ?」みたいに(笑)。あの西さんのお言葉には励まされましたね。元気をいただきました。

後編へ続く
浅利妙峰(あさり・みょうほう)

PROFILE

浅利妙峰(あさり・みょうほう)

有限会社糀屋本店社長
1952年、大分県佐伯市生まれ。1689(元禄2)年創業の糀屋本店の長女。1972年糀屋本店入社。2007年に調味料としての塩こうじを商品化、店頭での講習会やブログ・著作で塩こうじを利用したレシピを公開した。評判は口コミで広まり、2011年には塩こうじがブームに。浅利氏自身が開発した塩こうじの「黄金比率」や使い方を公開しており、塩こうじづくりに大手メーカー各社も参入。2012年、糀屋本店の9代目社長に就任。塩こうじ以外にも甘酒を砂糖の代わりに用いるなど、こうじを使った製品の研究開発を行うだけでなく、欧米・南米・アジアなどでこうじ文化の普及活動も行っている。2013年に内閣府男女共同参画局「平成25年度 女性のチャレンジ賞」受賞。

藤田千恵子(ふじた・ちえこ)

PROFILE

藤田千恵子(ふじた・ちえこ)

ライター、作家。酒と醗酵食を中心に日本の食と生産者を捉えた数々のフードライティングを発表。著書に「日本の大吟醸100」「杜氏という仕事」(ともに新潮社)、「これさえあれば―極上の調味料を求めて」(文藝春秋)、「美酒の設計」(マガジンハウス)など。現在、「dancyu」「あまから手帖」等、雑誌の日本酒特集に寄稿。2004年より長野県原産地呼称管理制度日本酒官能審査員。日本の醗酵食品と日本酒を共に味わう「醗酵リンク」主宰。