鹿山博康「まずいものを作ったからこそ美味しいものができるんです」

もっと語ろう麹と発酵 Vol.02まずいものを作ったからこそ
美味しいものができるんです

オーナーバーテンダー鹿山 博康

聞き手:作家・ライター 藤田 千恵子

東京・新宿のビルの一角に構える10数席のバー「Bar BenFiddich(バー ベンフィディック)」。このオーナーバーテンダー、鹿山博康(かやま・ひろやす)さんの取り組みに国内外のバーテンダーが熱視線を送っています。注目されるのが、自らの畑で育てるハーブ類を使った個性的なカクテルの数々。欧米の雑誌が選ぶ「アジア最高のバー50」などの常連店でもあります。鹿山さんと酒や酒造りに造詣の深い藤田千恵子さんとの麹・発酵談議に耳を傾けてみましょう。
写真:三井公一

アルバイト先のシェーカーがバーテンダーの道に導く

藤田
バーテンダーとしてのご活躍ぶりは、ドキュメンタリーの映像や雑誌の記事などで拝見しています。まずは、鹿山さんがバーテンダーとして独立されるまでのヒストリーをお聞かせください。
鹿山
実家は埼玉県です。都内から電車で1時間くらいで行ける場所なんですが、生まれた頃は人口5,000人くらいの村でした。家は代々農家で曾祖父の時代から酪農を始めていたので、小1から小6まで朝5時には起きて牛に餌をやりフンをかき、朝シャンしてから小学校に行ってたんですよ。

親父は兄貴と僕に家業を継いでほしくて、だから無理やり手伝わされてたんですが、子どもの頃から、そんなことやらされてたら絶対継ぎたくなくなる(笑)。
酒に造詣の深いおふたりの対談は「Bar BenFiddich」の店内で行われた酒に造詣の深いおふたりの対談は「Bar BenFiddich」の店内で行われた
藤田
確かに(笑)。お酒の世界には、どんなきっかけで入られたのですか。
鹿山
高校生時代、僕は野球部に入っていたんですが、3年生の夏に引退したあと時間ができて、地元のゴルフ場のレストランでウエーターのアルバイトをしたんですよ。そのときの経験が飲食業に興味を持ったきっかけですね。
藤田
接客は最初から楽しかったですか?
鹿山
アルバイトは楽しかったですよ。そのレストランには使われていないカウンターがあってシェーカーが置いてあったんですよね。それを支配人から借りて、本屋に行ってカクテルブックを買って。家に置いてあったジンなどでカクテルとかを作って親父に飲んでもらったりして練習してました。
藤田
そこにシェーカーを置いておいた人、グッジョブでしたね。
鹿山
高校卒業後は、ホテルの専門学校に進学して、ホテルで働きながら学校に通いました。18歳から20歳までは、ホテルのレストランのウエーターをやって。その頃は、ソムリエを目指していたんです。でも、20歳の時に就職したホテルでバーに配属されて。そこからバーテンダーに興味を持って、街場のバーへ勉強で行くようになったんです。それで、やっぱり街場のバーのほうがいいなあ、小箱でマスターがピシッと立っているような店がかっこいいなあと思って。それでホテルから街場のバーに移って働いて、自分でも城を持ちたいと思って29歳のときに独立したんです。
吊るされている乾燥植物は鹿山さんご自身が栽培したニガヨモギ吊るされている乾燥植物は鹿山さんご自身が栽培したニガヨモギ

自分で育てたハーブで作る唯一無二のカクテル

藤田
バーテンダーのお仕事にもいろいろな方向性があるかと思いますが、今のようにハーブ類を用いてカクテルを作られるようになったのは、どんなきっかけだったのですか?
鹿山
20代の頃の僕は、今よりも我が強くて、誰もやったことのないことをやりたくて、いろんなことにチャレンジしていたんですよね。僕には師匠という人がいなかったし、自分で店を持って独立したいという気持ちもあったから、それには有名になるのが一番早いと思って、カクテルコンペに参加したり、いろいろな有名なバーに行って勉強していたんです。20代の半ばで東京・麻布のバーの店長になってからはハーブ類を使ったカクテルを作るようになって、それなら誰も使えないようなハーブを使おう、そのためには自分で育てようと。
藤田
ハーブを育てようというときに、ご実家の畑が思い浮かんだのですか。
鹿山
最初は自宅のプランターで。でも、これは実家でやったほうが早いなと思って。子どものときに、畑もちょっと手伝わされていたから、なんとなく農業の感覚もあったし。自分でハーブを育てて使えば僕しか使えないから、カクテルでは唯一無二だと。それからどんどん拍車がかかりました。
藤田
材料から、根本へと向かわれたんですね。
鹿山
お酒というのはやはり伝統的なものなので、根本へと向かいましたね。
埼玉県ときがわ町にある実家の畑までは都心から車で約1時間半埼玉県ときがわ町にある実家の畑までは都心から車で約1時間半

アブサンの源流はみそ汁の蒸留にあった

藤田
鹿山さんは、アブサン*1も作られているんですよね。パリの芸術家たちが身を持ち崩していったお酒、という不健康なイメージがあったのですが、鹿山さんのドキュメンタリー映像を拝見したらアブサンのイメージが変わりました。*1 アブサン:ヨーロッパ各国で作られる薬草系リキュールのひとつ。ニガヨモギ、アニス、ウイキョウなどのハーブ、スパイスが主成分。アルコール度数は70%前後のものが多い。
鹿山
昔は粗悪なものが出回って、実際に健康被害も出ていたようですからね。
藤田
鹿山さんがアブサンを最初に作られたきっかけは、どんなことだったのですか。
鹿山
20代半ばに「蒸留」にはまった時期があって。今みたいにミニ型のポットスチルは売っていなかったので、やかんでいろいろなものを蒸留して遊んでいたんですよ。みそ汁を蒸留して、その液体でまたみそ汁を作るとか。ダブルコンソメみたいな。
藤田
面白いですねえ(笑)。
鹿山
その頃、10年以上前だと、まだ日本にはあまりアブサンも輸入されていなくて、未知なるお酒に近いような空気感だったんですよ。でも、いろいろな逸話もある酒だし面白そうだなあと思っていたんです。それで、やかんでいろんなハーブも蒸留していた頃に、ふと、アブサンだと思い立って、ニガヨモギとか、フェンネルとかミントとか、レモンバームとか、材料だけそろえて、やかんで蒸留してみたら、思いのほかアブサンぽい味ができたんです。それで、これ極めたら面白いんじゃないかと思って。そこからです、アブサンを手掛けたのは。
昼間に採ったハーブをその日にお店でカクテルにして提供することもある昼間に採ったハーブをその日にお店でカクテルにして提供することもある
藤田
それで、材料から栽培していこうと。
鹿山
そうですね。乾燥ハーブしか手に入らないならフレッシュはどうなんだろうとか。あと、ニガヨモギとか、アニスとかフェンネルって、日本に入ってきても油分が揮発してしまっていたりして状態が良くないケースが多いんですよ。それなら、自分で育ててみたらどんなふうになるのかなとか。そのときは、実家の畑にいろいろ植え始めていた時期だったので同時進行くらいでしたね。
藤田
ご自分で育てたハーブでアブサンを作ってみたときはどんな感触でしたか。
鹿山
へえ、これ、いけるじゃないかと。そこからいろいろと試行錯誤のようなことを繰り返して。もうこの作業に終わりはないなという感じで。

正解しか作らない人に成長はない

藤田
カクテルにしてもアブサンにしても、飲み物を美味しくしていく過程には、いろいろなトライ&エラーがあると思うんですけど、どんなことをトライアルするものなのでしょう。
鹿山
それって簡単ですよ。
藤田
えっ、簡単!?
鹿山
カクテルってまずいものを作ったからこそ、美味しいものができるんですよ。やっぱり、作った量と経験の長さですよね。例えばここにレシピがあって、これが正解ですと。でも、正解しか作らなかった人って、成長はしないんですよね。
藤田
ああ、そうでしょうねえ。
鹿山
レシピに書いてあるものをそのまま作るのではなくて、僕の場合は、新しい何かを作るから、そうすると、めっちゃまずいものもあるんですよ。でも、まずいものも知っているからこそ、うまいものも作れる。要は、経験則で比較検討ができるし、その幅も分かってくる。レシピ本に載っているものしか作らないのでは、幅がないんですよね。いろんな作り方を試すと、そうか、今回、こう作ったからこうなったんだなとか、では、こうやってみようとか。僕、めちゃくちゃまずいものもたくさん作りますよ。失敗ばっかりですよ。
Bar BenFiddichの人気カクテルの1つ「フォレストカクテル」を注文。「WAPIRITS TUMUGI」とニガヨモギ、セージをすり鉢で混ぜ合わせるBar BenFiddichの人気カクテルの1つ「フォレストカクテル」を注文。「WAPIRITS TUMUGI」とニガヨモギ、セージをすり鉢で混ぜ合わせる

江戸時代の本からも学べることがある

藤田
そういえば。何人かの杜氏さんからお聞きしたお話ですけど、日本酒も毎年同じように造っていると、「味が落ちた」と言われてしまうそうなんです。どんどん美味しくしていこうと少しずつ変えたりすると「いつも美味しい」と言われるけれど、同じままだと、いつも同じ、ではなくて「落ちた」と言われてしまうんですね。
鹿山
ああなるほど。分かります。
藤田
鹿山さんは、海外の蒸留酒を多く扱われてきたと思いますが、日本酒や焼酎に目が向くこともありますか?
鹿山
ありますね。うちは海外からのお客さまも多くて、そうすると旅行先に日本を選んで来ている人たちは、やはり、日本のものに興味を持たれるんですよね。ジャパニーズウイスキーのカクテルとか、酒カクテルとか。バーテンダーで洋酒を扱っていると、どうしても目線がウエスタンになっちゃってるんですが、海外のお客さまがいらしたときに、意外に日本のことは知らない自分に気づいて、焼酎とか日本酒って面白いなと思うようになりましたね。僕の店は、薬草酒専門のバーなので日本の昔の薬草酒にも興味が向いて京都で古本を扱っているお店に行って「手造り酒法」という本を買って読んでみたり。
京都の古書店で買い求めた「手造り酒法」には江戸時代の薬草酒の記述があった京都の古書店で買い求めた「手造り酒法」には江戸時代の薬草酒の記述があった
藤田
これって、江戸時代の本ですか?
鹿山
江戸時代です。調べてみると、昔もいろいろな薬草酒があって面白いと思って。今は、スマホのアプリで昔のくずし字を翻訳できるものもあるから、それを使って読みました。

欧米で受け入れられる麹の酒

藤田
すごい、ほんとに根本まで追いかけていかれるんですね。海外にもあちこち行かれていますが、鹿山さんが会われた方々は、日本のお酒をどんなふうに評価されていますか。
鹿山
海外からゲストバーテンダーとして呼ばれたときには、「WAPIRITS TUMUGI」*2を持っていくことが多いんですけど、面白いのはヨーロッパ、アメリカの人たちはTUMUGIに積極的に興味を持って、あっさり受け入れてくれるんですよ。逆に言えば、麹の酒と出合う経験がなかったからかもしれない。でも、アジアに行くと受け取り方がちょっと違うんですよね。*2 WAPIRITS TUMUGI:三和酒類が2015年に発売した和テイストのカクテルベースのスピリッツ。全麹造りの原酒にみかん、レモン、柚子(ゆず)、かぼす、ミントという5種類のボタニカル(植物素材)を加えている。米国「San Francisco World Spirits Competition 2020」のOther White Spirits部門最高賞、英国「International Spirits Challenge 2020」のOther World Spirits部門Double Gold受賞など海外でも高評価を得ている。
藤田
アジアにはすでに麹があるから。
鹿山
そうなんですよ、知っている味なんです。中国だったら白酒*3、韓国だとソジュ*4を思わせるのかもしれない。けれど、欧米では、知らないからこそ、まっさらな人だからこそ、受け入れられるというか。*3 白酒:パイチュウ、パイチョウとも呼ばれる蒸留酒。原料はトウモロコシ、ジャガイモ、サツマイモ、米など。アルコール度数は40~50度前後。
*4 ソジュ:「韓国焼酎」とも呼ばれる伝統的な蒸留酒。原料は米やサツマイモ、タピオカ、トウモロコシなど。アルコール度数は15~20度前後。
藤田
先入観がないんですね。
鹿山
欧米の人たちは、麹に関してはポジティブに受け入れ始めているような感じがします。例えば、デンマークの「ノーマ」というレストランが食材として麹を使い出して。副料理長はコペンハーゲンで蒸留所もやっているんですけれど、そこでは麦麹を作っているんですよ。ちょっと食のトレンドを追っている人とか詳しい人、ノーマの名前を知っているような人だと、麹ってワード自体を知っている。そうすると麹の酒の「WAPIRITS TUMUGI」も飲む前から受け入れられている感じがありますね。
「フォレストカクテル」の作り方:ニガヨモギ、セージと「WAPIRITS TUMUGI」をすり鉢で混ぜ合わせてから、ライムジュースと蜂蜜を入れてシェイクし、それにミントとローズマリーを浸けたソーダを加える 「フォレストカクテル」の作り方:ニガヨモギ、セージと「WAPIRITS TUMUGI」をすり鉢で混ぜ合わせてから、ライムジュースと蜂蜜を入れてシェイクし、それにミントとローズマリーを浸けたソーダを加える
「フォレストカクテル」の出来上がり。薬草とともに麹もほのかに香る 「フォレストカクテル」の出来上がり。薬草とともに麹もほのかに香る

日本酒や焼酎の海外ファンが増えている

藤田
すごい。デンマークで麦麹。旨み=UMAMIが国際語になっていますけど、麹も国際語になるかもしれないですね。
鹿山
なりますね。外国で麹が認められると逆輸入型で、日本人も「麹すごいんだな」と思うんじゃないですか。当たり前にあったものが外から評価されると。
藤田
見せ方や使い方の紹介も大切ですね。塩麹のブームのときにそう感じました。べったら漬けだと若い人は見向きもしないのに、塩麹とオリーブオイルだとピザに乗せて食べるんだなあと。
鹿山
海外では日本酒はすでに認知されてますよね。海外のバーテンダーも日本酒に関してはみんなよく知っていて、サケカクテルもありますね。
(左)藤田千恵子さん(右)Bar BenFiddich鹿山博康さん

九州が焼酎アイランドとして
世界の焼酎好きの聖地巡礼の地になれば面白い

藤田
イギリスの「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)」の日本酒部門やフランスの「Kura Master(クラマスター)」とか海外での日本酒のコンテストも増えましたね。
鹿山
本格焼酎*5も今、一部ではファンも増え始めています。本格焼酎は個性が出やすいし、原料が芋なのか、麦なのか、米なのかなどで、味も多様ですし。ウイスキー好きの人ってスコットランドに行って、ウイスキー蒸留所を廻る聖地巡礼みたいなことしますよね。だから、いずれ、焼酎アイランドの九州が海外の人たちにとっての聖地巡礼のようになることだってあるかもしれない。そうなったら面白いですね。*5 本格焼酎:酒税法上、連続式蒸留機で蒸留された焼酎を「連続式蒸留焼酎」(かつての焼酎甲類)、単式蒸留機で蒸留された焼酎を「単式蒸留焼酎」(かつての焼酎乙類)と区別する。かつての焼酎甲類、焼酎乙類という名称は2006年にそれぞれ連続式蒸留焼酎、単式蒸留焼酎に変更された。単式蒸留焼酎の中で酒税法の原料などの要件を満たしたものに限り「本格焼酎」と表示できる。
鹿山博康(かやま・ひろやす)

PROFILE

鹿山博康(かやま・ひろやす)

オーナーバーテンダー。1983年埼玉県生まれ。専門学校卒業後、都内のホテルに就職し、バーへの配属をきっかけにバーテンダーの道に。ホテル退職後、東京・西麻布のバーの店長を経て、2013年7月に独立し、アブサン・ジンなど薬草酒を中心としたバー「Bar BenFiddich」を開店。15年に「ボタニスト・ジン・フォリッジ・カクテルコンペティション」で優勝。直近ではWilliam Reed Business Mediaが発表する「2021 Asia's 50 Best Bars」で9位、「2021 The World’s 50 Best Bars」で32位に選ばれるなど海外からも高い評価を得ている。18年、「麹」を主とした三和酒類の和のスピリッツ「WAPIRITS TUMUGI」をベースに日本発世界のカクテル「KOJI SOUR」を創作するコンペティション「KOJI SOUR CHALLENGE 2018」でグランプリを獲得し、「WAPIRITS TUMUGI」の公式アンバサダーに就任。麹文化の酒を世界に発信する活動もしている。

藤田千恵子(ふじた・ちえこ)

PROFILE

藤田千恵子(ふじた・ちえこ)

ライター、作家。酒と醗酵食を中心に日本の食と生産者を捉えた数々のフードライティングを発表。著書に「日本の大吟醸100」「杜氏という仕事」(ともに新潮社)、「これさえあれば―極上の調味料を求めて」(文藝春秋)、「美酒の設計」(マガジンハウス)など。現在、雑誌「あまから手帖」に「地酒の星」、「住む」に「発酵リンク・蔵の宝物」連載中。2004年より長野県原産地呼称管理制度日本酒官能審査員。日本の醗酵食品と日本酒を共に味わう「醗酵リンク」主宰。