お酒づくりに使われる酵母にはどんな種類があるのですか?

麹と発酵の基礎講座 第6回お酒づくりに使われる酵母にはどんな種類があるのですか?

いいちこ酵母の顕微鏡写真

健康ブームや和食ブームと共に発酵食品が注目されています。味噌(みそ)や醤油(しょうゆ)、ヨーグルトやチーズといった発酵食品のほか、日本の「國酒(こくしゅ)」ともいわれる焼酎や日本酒も発酵食品の代表選手。発酵食品をつくる過程で微生物が大活躍していることをご存じの方も多いでしょう。本コーナーでは、三和酒類のシンクタンク「三和研究所」で常日頃から微生物に向かい合う研究員が、麹(こうじ)と発酵の基礎を解説いたします。

第5回はこちら
三和酒類 三和研究所 研究員 都甲祐介
教えてくれた人
三和酒類 三和研究所 研究員 都甲祐介

Q1

そもそも酵母には種類がいろいろあるのですか。

分類学上では1,700種以上存在すると言われています。数多の酵母が世の中に存在しており、花や果実の果皮に生息している酵母も確認されています。

微生物は自然界の様々な場所に存在することから、新たに報告される酵母がいつ発見されてもおかしくはないと言えます。その中で、現在酒類製造に利用されている酵母というのは、長い年月をかけて人が選抜してきた、各醸造環境に適した酵母なのです。〈参考〉
「化学と生物」Vol.57 No.11(2019年)P.669-671

Q2

アルコール発酵に活躍する酵母。焼酎や日本酒、ワイン、ビールなど、お酒の種類によって使われる酵母は違うのですか。

違いはあります。様々な研究機関が、醸造環境に合わせて独自の研究開発を行っていると思います。

ではここで、お酒の種類別に、使われる酵母を比べてみましょう。

焼酎酵母や清酒酵母は、ワイン酵母やビール酵母と比較してアルコール発酵能力が高く、生成する香気(こうき)成分のプロファイリング(科学的な分析)も異なります。

例えば、日本酒の世界でよく使われる「吟醸香(ぎんじょうこう)」*1 は、低温で発酵させた場合に多く生産されるため、清酒酵母として利用される酵母は、幅広い温度の領域で高い発酵能力を有しているものが使用されています。*1 吟醸香(ぎんじょうこう):吟醸酒タイプの日本酒に含まれるフルーティーな香り。

本講座の第4回で、当社研究員の辛島が主に日本酒製造に使われる「黄麹菌」と、主に焼酎製造に使われる「黒麹菌」や「白麹菌」とは種が異なるという説明をしました。では、酵母の種についてはどうでしょうか。

焼酎と日本酒には同種の酵母「Saccharomyces. cerevisiae(サッカロマイセス・セレビシエ)」が使われます。一方、ワインとビールはどうか。ワインとビールにも「Saccharomyces. cerevisiae」が使われることもありますが、ワイン酵母「Saccharomyces. bayanusu(サッカロマイセス・バヤヌス)」やビール酵母「Saccharomyces. pastorianus(サッカロマイセス・パストリアヌス)」など一部種が異なる酵母が、各酒類製造に使われることがあります。

焼酎を製造するメーカーはどこも同じ焼酎酵母を使用しているのか? という疑問が浮かぶかもしれません。

多くの焼酎メーカーは、各機関が単離(複数のものが混在している中から特定の要素のみを取り出すこと)し、高純度で保管している酵母である「鹿児島酵母*2」や「きょうかい酵母*3」を購入して使用しているようです。*2 鹿児島酵母:焼酎造りに使うため純粋培養された焼酎用酵母の1つ。鹿児島2号、4号、5号、6号と改良が加えられている。このほか主要な焼酎用酵母には泡盛1号、宮崎酵母、熊本酵母、焼酎用協会2号、3号などがある。県の工業技術センターや公益財団法人日本醸造協会などで開発・販売されている。*3 きょうかい酵母:公益財団法人日本醸造協会が開発・販売する各種酵母の総称。

日本醸造協会で販売している「きょうかい酵母」の一部。左がアンプルに入った液状タイプ(アンプル酵母)。右が乾燥酵母(写真提供:公益財団法人日本醸造協会)日本醸造協会で販売している「きょうかい酵母」の一部。左がアンプルに入った液状タイプ(アンプル酵母)。右が乾燥酵母(写真提供:公益財団法人日本醸造協会)

また、焼酎メーカーの中にはオリジナルの酵母を使っているところもあります。

三和酒類が本格麦焼酎「いいちこ」を製造する際に使用する酵母は、「いいちこ酵母」という三和酒類独自のものです。もともと三和酒類では鹿児島酵母を使用していたのですが、そこから焼酎製造を重ねるうちに独自で単離してきた酵母を使用するようになりました。もろみの差し酛(さしもと)*4を行っていく際にアルコール収量が高くなっていく現象をきっかけに発見したものです。*4 差し酛(さしもと):一次もろみに移行する際に、新しい酵母を添加せずに別タンクで順調に発酵しているもろみの一部を添加して種酵母として使用する技法。

もちろんオリジナルの酵母ばかりを使うのではなく、商品によっては購入した酵母を利用させていただいております。多くの種類の酵母を取り扱える状態にしておくことで、目的に応じた酵母の選択が可能となるのです。

花や果実の果皮から単離してきた新規酵母を使用する際には、各社各様で醸造適性を調査してから利用するといった工程が必要になります。この点では、きょうかい酵母などの乾燥酵母やアンプル酵母を利用する際には前述部分を省略できるため、スピーディーな酒質開発が可能となります。また純度の高い酵母を使用することによって、酒質の安定化や腐造リスクの軽減にもつながります。

ちなみにパンをつくる際に使うパン酵母も、日本酒や焼酎で使用されるSaccharomyces. cerevisiae(サッカロマイセス・セレビシエ)です。本講座の第5回で説明したように、アルコール発酵で同時に生産される二酸化炭素によってパンの生地を膨らませています。清酒酵母を利用してパン生地を作成した研究報告もあります。〈参考〉
1)「清酒酵母のはなし」07. 泡なし酵母物語(公益財団法人日本醸造協会)
2)三和酒類 代表取締役社長 下田雅彦×藤田千恵子「もろみの過程で見つけた蔵付き酵母。それが『いいちこ酵母』の発見でした。」(「koji note」think KOJI麹文化と発酵)
3)「泡あり・泡なし清酒酵母の違いが食パンの構造およびおいしさに与える影響」( jst.go.jp)

Q3

酵母はアルコールを生産する以外にどんな働きがあるのですか?

酵母はアルコール生産を行うと同時に、お酒にとって重要な香気(こうき)成分や呈味(ていみ)成分*5を生産します。

蒸留酒である焼酎やウイスキーにおいては、揮発性をもつ香気成分のみが抽出されるイメージです。酵母の発酵によって香気成分は数多く生産され、これらの複数の香りの調和によってお酒の特徴が決定づけられるのです。*5 呈味成分:甘味・酸味・苦味など味わいに寄与する成分。

日本酒やワインなどの醸造酒になると、呈味成分との調和も重要となります。分かりやすい例でいうと日本酒の吟醸香です。これはカプロン酸エチルという「青りんご」のような香りに寄与する成分や酢酸イソアミルという「バナナ」のような香りに寄与する成分などが該当します。この他にも酵母が生産する香気成分として、酢酸エチル(パイナップルのような香り)、バニリン(バニラのような甘い香り)など数多くの香気成分が存在しています。

単体ではなく複数の香気成分によってお酒の香りは決まってくるので、香気成分によって想起される味わいと呈味成分による実際の味わいにギャップが生じないような酒質設計が重要になると思います。

原料由来や麹由来の香りも存在しますが、とりわけ香気成分に関して影響を与えているのは酵母だといえます。香気成分の生産経路に関して下の図に一例を示します。

当社では特定の香気成分に着目して、通常の酵母群と比較して特定の成分などを生産する能力が高い酵母の育種(品種の育成や改良)も行った実績があります。酵母はアルコール発酵以外にも、お酒にとって重要な香気成分や呈味成分を生産している働き者なのです。そのため前述した通り、各メーカーや酒蔵は生産性(アルコール生産能など)や求めている酒質(香りや呈味性)の総合的な評価で酵母を選定しています。

ちなみにこの香気成分生産には多くのアミノ酸が関与しており、アミノ酸生産には麹の生み出す酵素「プロテアーゼ」も重要な役割を果たします。香味成分の生産に関して網羅的に解明されるまでの道のりは長いですが、麹菌と酵母という2種類の微生物が関与しているからこそ成り立つ酒質といっても過言ではありません。

図 焼酎製造の工程でバニラのような香りが生まれるメカニズムの例 ☆香気成分:バニリン

図 焼酎製造の工程でバニラのような香りが生まれるメカニズムの例 ☆香気成分:バニリン
  1. バニラ香(バニリン)になる前の成分「フェルラ酸」は大麦にも細胞壁につながって含まれている。フェルラ酸はもろみの中で麹菌が生産する酵素によって細胞壁から遊離する。
  2. フェルラ酸は揮発しにくいため、蒸留しても熱で分解した4VGしか原酒に移らない。そこで、フェルラ酸を熱で揮発しやすい形である4VGに変えてあげる必要がある。
  3. フェルラ酸を4VGに変える力を持った新開発のスペシャル酵母で仕込むことで、4VGを多く含む原酒を造り、これを長期間寝かせることで、バニラの甘い香りを出すようになる。

〈参考〉
1)三和酒類 代表取締役社長 下田雅彦×藤田千恵子「麹原料にも麦を使うことで初めて「麦100%の焼酎である」と言えるものなんです。」(「koji note」think KOJI麹文化と発酵)
2)特許6839165 | 知財ポータル「IP Force」

Q4

お酒造りだけではなく、工業用のアルコール(エタノール)でも酵母が利用されているのですか?

はい。工業用エタノールの製造においても酵母は活躍しています。工業用エタノールは化学反応で合成する手法と、微生物を用いたエタノール発酵による生産方法があります。

工業用エタノールのうち、今回は微生物が関与しているバイオエタノールについて説明しましょう。これはトウモロコシやサトウキビなどの食糧や木材などを炭素源(バイオマス)として用いてアルコール発酵をさせるものです。炭素源によっては、酵母の餌となる単糖を準備するために酵素剤や酸処理などの前処理工程を経ることで得られます。

バイオエタノールの場合は、いかに効率的に高純度なエタノールを生産させるかにフォーカスされている部分が酒類製造とは異なる部分だと思います。

バイオエタノール生産において前処理工程やアルコール発酵の効率化、精製工程など重要な検討項目がありますが、酒類製造でも長い年月の検討を重ねて製造工程が確立されてきたと考えられます。また、酒類製造では、アルコール生産に加えて、香味に関与する成分などを踏まえた発酵管理が必要になる部分が、バイオエタノールの製造工程とは大きく異なります。

最後にひとこと
本基礎講座の第1回からのお付き合いありがとうございました。私も研究者としてまだまだ未熟ではありますが、人類が長年培ってきた醸造技術などを学んでいきたいと考えております。今後もそこから得た知見などを踏まえて更なる醸造技術の発展に貢献していきたいと思います。

都甲祐介(とごう・ゆうすけ)

PROFILE

都甲祐介(とごう・ゆうすけ)

三和酒類株式会社 三和研究所 クロスオーバーセンター 研究開発室 研究員
1994年、大分市生まれ。九州大学生物資源環境科学府生命機能科学修士課程にて麹菌を研究。修士号取得後、2018年に三和酒類に入社。製造課で焼酎づくりの基礎を学んだ後に、三和研究所で麹菌の基礎研究と商品開発を行っている。日中は研究・開発を行い、帰宅後は読書や友人と飲みに繰り出す日々。「糸状菌若手の会」の委員も務めている。飲み会の雰囲気が大好きで、お酒が強い人・弱い人みんなの架け橋になるような商品をつくり出すことが現在の夢である。趣味は野球観戦で、小学1年生の時から大のヤクルトファンである。