浅利妙峰「食べ物で世界平和を導きたい。その先端にこうじがあってほしい」

もっと語ろう麹と発酵 Vol.04【後編】食べ物で世界平和を導きたい。
その先端にこうじがあってほしい

糀屋本店社長浅利 妙峰

聞き手:作家・ライター 藤田 千恵子

創業333年という糀屋本店9代目社長の浅利妙峰さん。2007年に塩こうじの開発、商品化に踏み切り、全国的なブームを巻き起こしました。塩こうじ以外にも甘酒の原液である甘こうじを砂糖の代わりに用いるなど、こうじを使った製品の研究開発を行う一方、国内外でこうじ文化の普及活動もされています。前編に続き、浅利さんの精力的な活動について、全国の酒蔵を巡り歩くライター、藤田千恵子さんが伺います。 前編はこちら 写真:三井公一

世界地図の中でこうじの活用を考える

藤田
浅利さんは塩こうじだけでなく、こうじによる甘味という魅力も広めてくださいました。砂糖を使わずにこうじの力で甘さを引き出して用いることは、健康的でいいなと思いました。また、「甘くない芋やカボチャは、こうじの力で甘くしよう」という提案も面白かったです。
浅利
甘い芋だったら、そのまま焼き芋にすれば美味しい。でも、そうじゃない場合は、芋=でんぷん=発酵の原料として見るようにすればいい。芋の甘酒にして美味しく飲めばいいんです。
糀屋本店社長 浅利 妙峰さん
浅利
私、こうじの活用を日本の中だけで捉えていないんですよ。世界地図の中で、お米は東アジアの主食ですけど、それ以外のところでは芋類や豆類が主食になるところもあります。そうすると、芋類であっても豆類であっても、どれもでんぷん食だから、こうじと絡めて、温めて、8時間過ぎればブドウ糖ができるわけです。ということは、そのブドウ糖をお砂糖の代わりに甘味として使うことができるんですよね。
藤田
健康上の理由から砂糖を控える人にとっては、こうじによる甘味の利用は朗報ですね。浅利さんは、アジアだけでなく、アメリカ、ヨーロッパの食の現場でもこうじの啓蒙活動をしておられますね。
浅利
はい、こうじをアメリカで広めていくためには、どうしたらいいかというコンペをボストンで開いていただいたこともありました。ニューヨークに行ったときは、こうじの働きについて現地のシェフとお話しして、実際に塩こうじをまぶしたイチジクもお持ちしました。イチジクに重量の1%の塩こうじをまぶしたものをお味見していただいたら、塩こうじだけで、こんなに甘く美味しくなるのかと驚かれましたね。
藤田
それは、美味しそうですね!
〈図1〉でんぷんが多く含まれる穀物の例(図版:©糀屋本店 浅利妙峰)
糀屋本店社長 浅利 妙峰さん

欧米の料理界もこうじを受け入れてくれる

浅利
フランスのアラン・デュカス*1が開校した料理学校の先生が大分にいらしたときにも塩こうじの使い方を説明したのですが、その先生は、「僕たちがうまみを出すときには、卵とバターを使うけれど、こうじがあれば、いくらでもうまみが出せるじゃないか」とおっしゃっていましたね。*1 アラン・デュカス:世界各地でミシュラン3つ星レストランを含む有名レストランを複数経営する有名オーナーシェフ。フランス出身でモナコ国籍。「シェフ、美食の大地をめぐる」(原書房)など著書も多い。
藤田
ずっと、足し算でうまみを出していた人たちが、こうじを知ったことで引き算の調理法と出合ったわけですね。
浅利
今はデンマークのノーマというお店のシェフたちもこうじを使っているし、フィンランドのかもめ食堂でも日本食を出していて、味噌(みそ)や醤油(しょうゆ)が使われていますね。ドイツの港町ハンブルグのジェラルド・ゾグバウムさんというシェフは、東京・新宿の寿司アカデミーで勉強されていたときに、佐伯まで塩こうじやこうじの講習を受けに来てくださったんです。和食だけではなくて、世界中の料理のトップシェフの方々が、こうじに興味を持って、その良さを分かってくださっています。
藤田
ノーマのレネ・レゼピさんとデヴィッド・ジルバーさんは「ノーマの発酵ガイド」という本を共著で出版されていますね。日本人のように身近過ぎてその価値に気づけない、ということがない分、異国の方々がこうじの威力を知ることには驚きと感動があるでしょうね。
(左)作家・ライター 藤田千恵子(右)糀屋本店社長 浅利 妙峰さん

欧州にも発酵を活かした素晴らしい食文化がある

浅利
発酵ということでは日本が特別な国みたいな感覚があったけれど、ヨーロッパでもチーズはあるし酢もある。イタリアには樽を変えながら25年も熟成させるバルサミコ酢とか、そういう素晴らしい食文化がありますからね。
藤田
海外であっても、食に関心のある人たちには、こうじの良さは伝わるでしょうね。スペインのバスククリナリーセンター*2で醤油の講義をさせていただいたことがあるのですが、そのときもとても熱心に聴講してくださいました。*2 バスククリナリーセンター:スペイン・バスク州の美食の都として知られるサン・セバスティアンにある食の大学。
浅利
私たち夫婦がこうじを海外に伝えに行った際に、その良さが伝わらなくて悔しい思いをしたことは一度もなかったです。むしろ、相手の方々は私たちが日本から訪ねていくと120%くらいのウェルカムをしてくれました。
藤田
美味しさだけでなく、健康的であるという点からも、こうじは万国共通でその魅力が伝わるのではないかと思います。こうじは、いろいろな応用もできますし。最近は、玉ネギこうじやトマトこうじなど色々なこうじが提案されていますね。
糀屋本店社長 浅利 妙峰さん
糀屋本店社長 浅利 妙峰さん

家庭で作る塩こうじが一番美味しい

浅利
それも家庭で簡単にできちゃう。私はこうじのことでは色々なことを試してみたけれど、それで気づいたのは、家庭で作る塩こうじが一番優秀だということなのね。
藤田
塩こうじを販売している方が、自ら、家庭で作りなさいと。それは、どうしてですか。
浅利
自宅で塩こうじを作れば、火を通さないでいいから酵素が失活*2していないんですよ。*3 失活(しっかつ):化学物質や細菌などの活性が失われて反応を起こさなくなること。不活性化。
藤田
確かに自宅でも簡単に作れますから、生きた酵素を取り込めるのはいいですね。夏場は特に室温も高いから発酵も進みやすくて作りやすかったです。あと、こうじと塩を合わせるときに、自分の好きなお塩を選べるところがいいなと思いました。
糀屋本店社長 浅利 妙峰さん
浅利
ミネラルの豊富な天然のお塩を選んで作ったら、本当に美味しい。結局、自分が作った塩こうじが一番美味しいの。
藤田
自宅で作れる調味料はいいですね。お醤油の中にこうじと唐辛子を入れてみたものも美味しかったです。
浅利
そうそう、ハラペーニョこうじも美味しい。
藤田
私、こうじを使ったものは、美味しいだけでなく、養生食になるところがいいなと思います。こうじの甘味なら、血糖値が急に上がったりすることもないようですし。健康で美味しいものを何でも食べられるのは恵まれている状態ですけれど、病気になると食欲が落ちたり、食べられるものもだんだん制限されてきます。

そういう不自由さや寂しさを、こうじの甘酒や発酵食品は、救ってくれるように感じます。
糀屋本店社長 浅利 妙峰さん

健体康心。心も体も相まって健康

浅利
医食同源というけれど、自然治癒力は食事からですね。「食べ物で治せない病気は医者も治せない」というヒポクラテスの名言もありますね。
藤田
それはすごく大事な感覚ですよね。今はみんなが医療にばかり依存しがちですけれど。
浅利
和漢方の本を読んでいるときに、「健体康心*4という言葉に出合って。これ、健康という言葉のおおもとなんですよ。体も心も相まって健康というものは成り立っている。そういうことも大事だなあと思う。*4 健体康心(けんたいこうしん):中国の「易経」の中にある言葉。体が健やかで心も安らかな状態。
藤田
こうじとの出合いで生活が変わった人もたくさんいると思いますが、浅利さんご自身は、塩こうじを世に出したことで、いろいろな方々と出会われて、人生そのものが変わられたのでは。
糀屋本店社長 浅利 妙峰さん

塩こうじの旗を持って走って来た

浅利
そうですね。私はね、こうじ、と書かれた旗を手に持って走ってきた感じ……。
藤田
ああ、ドラクロワの絵、赤い旗を持って走る「民衆を導く自由の女神」みたいな?
浅利
私はその旗に塩こうじって(笑)
藤田
こうじの女神ですね。
浅利
糀屋本店は、江戸時代の創業から333周年になるんですよ。そういうところに私は生まれてきて、こうじの神さまが「こいつはどうやら、乗せたら踊りそうだぜ」って。
藤田
こうじの神様にもご先祖さまにも見込まれたんですね。
(左)作家・ライター 藤田千恵子(右)糀屋本店社長 浅利 妙峰さん

食べ物で世界平和を導きたい

浅利
私ひとりで踊ったってなにもならないけど、皆さんとのこういう場を準備してもらって、風を送ってもらって。こうじの素晴らしさは日本だけでなくて、人類全体を救う。きっとそういうものになっていくことを、伝えていきたい。

人類の歴史の中で人の争いや武器で平和になったことは1度としてないわけです。私は食べ物で世界平和を導きたい、その先端にこうじがあってほしいと願って、こうじという旗を持って動いているんです。お酒もそうですよね。美味しいものを飲んで食べて、腹を立てる人はいないでしょ?飲んで食べて喜んでいる人の顔を見たら、この人可愛いな、いい人だなって思うでしょう。
藤田
そうですよね。糀屋本店さんの商品には「糀で世界中の人をお腹の中から元気に幸せにしたい」というシールが貼られていますね。私はそれを見たときに、なんて素晴らしいんだろう、その通りだなと思いました。
浅利
ありがとう。おいしいものをみんなで分け合っていきたいですね。
(左)作家・ライター 藤田千恵子(右)糀屋本店社長 浅利 妙峰さん
糀屋本店社長 浅利 妙峰さん
浅利妙峰(あさり・みょうほう)

PROFILE

浅利妙峰(あさり・みょうほう)

有限会社糀屋本店社長
1952年、大分県佐伯市生まれ。1689(元禄2)年創業の糀屋本店の長女。1972年糀屋本店入社。2007年に調味料としての塩こうじを商品化、店頭での講習会やブログ・著作で塩こうじを利用したレシピを公開した。評判は口コミで広まり、2011年には塩こうじがブームに。浅利氏自身が開発した塩こうじの「黄金比率」や使い方を公開しており、塩こうじづくりに大手メーカー各社も参入。2012年、糀屋本店の9代目社長に就任。塩こうじ以外にも甘酒を砂糖の代わりに用いるなど、こうじを使った製品の研究開発を行うだけでなく、欧米・南米・アジアなどでこうじ文化の普及活動も行っている。2013年に内閣府男女共同参画局「平成25年度 女性のチャレンジ賞」受賞。

藤田千恵子(ふじた・ちえこ)

PROFILE

藤田千恵子(ふじた・ちえこ)

ライター、作家。酒と醗酵食を中心に日本の食と生産者を捉えた数々のフードライティングを発表。著書に「日本の大吟醸100」「杜氏という仕事」(ともに新潮社)、「これさえあれば―極上の調味料を求めて」(文藝春秋)、「美酒の設計」(マガジンハウス)など。現在、「dancyu」「あまから手帖」等、雑誌の日本酒特集に寄稿。2004年より長野県原産地呼称管理制度日本酒官能審査員。日本の醗酵食品と日本酒を共に味わう「醗酵リンク」主宰。