安心院葡萄酒工房長兼ヴィンヤードマネージャーの古屋浩二執行役員

地元産ぶどうにこだわるワインづくり。
日本酒づくりにも活かしたい

三和酒類古屋 浩二

三和酒類のワインづくりを担う「安心院(あじむ)葡萄酒工房」の立ち上げから関わり、現在工房長兼ヴィンヤードマネージャーを務める古屋浩二。過去7度、日本一に輝いた「安心院スパークリングワイン」誕生の経緯、日本でも有数の広大な自社畑を擁するワイナリーが目指す方向と日本ワイン界における責務、三和酒類ならではのワインづくりの技術を活かした日本酒醸造への取り組みなどを聞きました。
文:青柳直子 / 写真:三井公一

米国大学留学が転機に。技術、仕事との向き合い方を学ぶ

――三和酒類で長らくワインづくりをご担当されてきた古屋さんの、元々のバックグラウンドについて教えてください。

出身は福岡県の古賀というところです。九州工業大学の情報工学部生物化学システム工学科(現・生命化学情報工学科)でIT分野の研究をしていました。タンクの中で乳酸菌を最適に増殖させるための環境をプログラミングによってコントロールするという研究です。卒業後も研究を続けるか、あるいはソフトウエア関連か発酵に関する企業に就職しようと考えていました。

お酒にも興味があり、自宅にスピリッツやリキュールをそろえて好きなカクテルをつくり、そのリストを作成したり。ものづくりが好きだったこともあって、最終的に三和酒類を受けて1994年に入社しました。

安心院葡萄酒工房長兼ヴィンヤードマネージャーの古屋浩二執行役員

入社後1年間は焼酎(いいちこ)の製造部門でもろみ管理をしていたのですが、「洋酒をやりたい」という希望を出してかなえられ、2年目に研究所に異動となり、以降、洋酒(ワイン、リキュール、ブランデー)に関する研究開発と製造を担当することになりました。三和酒類のワイン製造は1971年にスタートしています。本格麦焼酎「いいちこ」の発売が1979年ですからそれより昔ですね。

私がワインづくりに携わるようになったのは1995年。当時は焼酎製造に比べると小さい事業でした。それから約20年間、その途中には日本酒製造にも関わりましたが、私の経歴としてはワインとの関わりが一番長いですね。

――ワインの研究開発と製造に携わってこられた中で、一番の思い出はどんなことですか。

2000年にアメリカに社費留学させてもらったことですね。農学研究が盛んなカリフォルニア大学デイビス校に行きました。講義を受ける傍ら、ワインの仕込み時期にはカリフォルニアやオレゴンにある大規模、小規模のワイナリー3カ所でも働かせてもらいました。また、専攻以外にもいろいろな授業を受講していたので、ある教授からは「君はいつでもいるな」と言われたこともありました(笑)。

翌年の2001年に安心院葡萄酒工房の立ち上げのために帰国しましたが、この留学経験で得たことは、技術面もさることながら、海外の人と接することや様々な課題を克服してきたことで、かなりポジティブな思考に変わったし、自分の意見をしっかりと伝える重要性も学んだと思います。

メーカーとして、お客様により良い商品を伝えていくことは非常に重要なことです。しかしながら、会社の中で商品を造り上げることは非常に困難です。醸造技術のみでもなく、パッケージデザインのみでもなく、1つの商品が取り巻く全てのことを企画し、それを社内で納得してもらい仕上げていくにはかなりの労力が必要です。しっかりと主張していく姿勢は海外での経験が生きているのかもしれませんね。

安心院葡萄酒工房長兼ヴィンヤードマネージャーの古屋浩二執行役員

安心院葡萄酒工房は、ワイン製造だけでなく、見学や試飲、ショップなどお客様の来場を想定した複合施設なので、製造施設と見学施設の設計が重なり合い大変な作業でした。

この工房で初めて開催した樽開きイベントで、ワインのテイスティングについて説明を行いました。自作の資料を片手に、園内屋外でスピーカーを持って、通りすがりのお客様に聞いてくださいとお声がけして説明したこともあります。積極的にお客様と向き合える場となっていました。

ワインづくりを通してお客様に何を伝えたいのか? お客様が何を望んでいるのか? をしっかりと把握できる場にもなっていきました。私たちがやりたいことと、お客様が望んでいることが重なって、現在では常時20から30アイテムをそろえるまでになりました。安心院葡萄酒工房のショップ限定で200本、300本といった小ロットの新商品の販売もできるようになり、お客様が楽しめる場へとなっていると思います。

地元・安心院産のぶどうを使いワインをつくりたい

――安心院葡萄酒工房には自社畑「あじむの丘農園」を併設していますね。地元産のぶどうにこだわるワインづくりというのは安心院葡萄酒工房立ち上げ当初からのコンセプトなのですか。

歴史を遡りますね。安心院周辺は降雨量が少ない地域なので、1964年に駅館(やっかん)川を活用した農業水利用と国営の農地開発事業として、「安心院町を含む中山間地」で収益性のある作物としてぶどうが作付けされました。その収獲が始まることを受けて、1971年に三和酒類が果実酒の製造免許を取得して「アジムワイン」の製造を開始し、1974年に発売しました。とはいえ、私が入社した1990年代初頭にはまだ輸入果汁などをベースにしたワインづくりも行っていました。

その後、2006年に安心院産のぶどうのみを使ったワイン生産に舵を切りました。さらに2009年には自社畑運営のために農業法人 株式会社石和田産業を立ち上げて、醸造用ぶどうの栽培面積の拡張を進めてきました。現在、下毛(しもげ)圃場、矢津(やづ)圃場、大見尾(おおみお)圃場の合計約16haで、試験栽培も含めて約20種類の醸造用ぶどうを栽培しています。自社農園の作付面積の規模としては国内で10本の指には入るのではないかと思います。

自社農園ののべ面積は約16ha。約20種類の醸造用ぶどうを栽培している自社農園ののべ面積は約16ha。約20種類の醸造用ぶどうを栽培している

これに加えて、以前「koji note」にもご登場いただいた安倍斉さんをはじめ町内の契約農家さんにもシャルドネやメルローなどの醸造用ぶどうの栽培のご協力をいただいています。

ワイン専用品種を自社農園で栽培。品種開発にも取り組む

――現在、自社農園で栽培している醸造用品種にはどのようなものがありますか。

2001年の安心院葡萄酒工房立ち上げ時にまず取り組んだのはワインを飲んでいる人であれば誰でも知っている品種の栽培でした。約10年間、品質向上のため一生懸命手を入れてきました。 しかし、安心院の地に合わない品種はどんなに手をかけても良い品質のぶどうはできないと知りました。安心院の地に合う品種を植えるべきだと、品種を模索し2011年に試験栽培を開始した品種の1つがアルバリーニョです。スペインやポルトガルの生産地の気候が安心院と似ていることから始めてみたのですが、日本国内でも早かったと思います。今はどこのワイナリーでも注目されている品種の1つになっています。

赤ワインに使われるアメリカ原産のノートン赤ワインに使われるアメリカ原産のノートン

現在、力を入れている赤ワイン用品種は、まだ認知度は低いですが小公子、ノートン、ピノタージュ、ピノノワール、ビジュノワールなどです。そのほかに、新品種の開発も行っています。ぶどうはおしべとめしべが同じ花の中にあり、自分で受粉して実を結ぶのですが、交配時におしべを全部取ってしまい、めしべだけにしたところに別の品種の花粉をつけます。

そのおしべかめしべのどちらかに、宇佐市に自生しているエビヅル(野生ぶどう)を使い、シャルドネやメルローなどの既存品種と交配させて新たな品種を開発するという取り組みを、約10年前から大分県農林水産研究指導センターと一緒に行っています。

先ほど栽培品種を約20種類と言いましたが、同じ品種でも系統の違うものがあるので、実際はさらに多い数を栽培しています。例えば、赤ワイン用のピノノワールだけでも5種類ほど系統の違うものを栽培していて、系統ごとにタンクを分けて醸造しています。安心院葡萄酒工房の体験コーナーで、同じピノノワールでも1番と3番、みたいに飲み比べしていただけたら楽しいじゃないですか。

安心院葡萄酒工房長兼ヴィンヤードマネージャーの古屋浩二執行役員

過去7度日本一に輝いた「安心院スパークリングワイン」

――「安心院スパークリングワイン」は、「日本ワインコンクール」で過去に7度日本一の称号である金賞・部門最高賞を受賞し、毎年ロンドンで開催されるスパークリングワインの世界最高峰のコンペティション「シャンパン&スパークリングワイン・ワールド・チャンピオンシップ(CSWWC)2021」では日本“初”の「銀賞」を受賞、2022年、2023年と3年続けて「銀賞」を受賞しました。これはどのように開発されたのですか。

スパークリングワインの最初の取り組みは2004年、自社畑で潤沢に収穫できたデラウェアを使ってつくり販売してみました。すると想定以上に人気が出たんです。そこでさらにスパークリングワインについてリサーチしてみると、その当時、日本国内で瓶内2次発酵*1しているメーカーが4社ほどしかなかった。よしそれならば、我々も瓶内2次発酵に挑戦しよう、そしてせっかくだからシャンパンの生産地シャンパーニュで使われているシャルドネを使ってみようということになりました。*1 瓶内2次発酵:1次発酵を終えた原酒をボトリングする際に、酵母と糖分を添加。2度目の発酵で発生する炭酸ガスを閉じ込めることでスパークリングワインになる。スパークリングワインの製法には何種類かあるが、その中でももっとも手間と時間がかかる伝統的な製法。

2005年に瓶内2次発酵でつくってみたところ、ガス圧が3気圧ちょっとで発泡の力が少し弱かった。5気圧程度は欲しいということで、さらにスパークリングの製法を調べていきました。国内でいろいろ学んだ頃、ちょうどアメリカ・ナパバレーに家族で旅行することになったんです。この機会に製法について話が聞けないかと思い立って、ナパにいる知り合いの醸造家に電話したんです。

その知り合いの紹介でスパークリングワインをつくっているメーカーを訪ねることになりました。ホテルを出る時に家族には「2、3時間で戻るよ」と言ったものの、テイスティングもいろいろとさせてもらい、「ランチも食べて行け」ということになって。結局ホテルに帰ったのは夜でした。家族には申し訳なかったのですが、ベースとなるワインの品質の大切さ、使用するぶどうの収穫時期の調整などのコンディションが重要だということが分かったんです。

安心院葡萄酒工房長兼ヴィンヤードマネージャーの古屋浩二執行役員 安心院葡萄酒工房長兼ヴィンヤードマネージャーの古屋浩二執行役員

――ガス圧の調整から、ぶどうの品質調整にまで行きついたのですね。

そうです。ナパで飲ませてもらった1次発酵の原酒のワインが思った以上に酸味があったんです。収穫時期を早めたものを使用しなければいけないことが分かりました。そこで完熟する3週間ほど前のシャルドネを使うことにしたのですが、そうすると味わいが少しライトなんですよ。

もう少し深みが欲しかったので、2006年のビンテージをつくり、それが商品になる頃にはもう2007年のビンテージをつくり、2008年頃から少しずつ貯蔵してきた原酒を混ぜ始めました。そうして味わいの厚みを増しながら、少しずつ改良していったのが、現在の安心院産シャルドネを100%使用し、瓶内2次発酵させた「安心院スパークリングワイン」です。

CSWWCにおいてはまだ銀賞どまりで金賞を取れていません。他メーカーの追随や評価基準の変更などが考えられますが、私たちも次の手は打っています。シャルドネのほかにピノノワールを栽培していることもそうですし、もう少しがっちりとした骨格のあるタイプの商品をつくるという構想もあるので、ぜひご期待ください。

苗木不足解消に向けた日本ワインブドウ栽培協会の活動

――古屋さんは一般社団法人日本ワインブドウ栽培協会(JVA)の理事も務められています。このJVAとはどのような組織なのでしょうか。

日本のワイン業界は今ワイナリーがどんどん増えています。そしてどこのワイナリーでもぶどうの苗木確保に困っているんです。ぶどうは先ほどもお話ししたように、1つの品種にも系統の違うものがたくさんあり、苗木の種類も何千とあります。海外には苗木バンクのような機関があるのですが、日本にはありませんでした。日本で栽培するためにぶどう苗を海外から輸入すると、検疫で1年間隔離栽培されます。もしも、隔離栽培中に病気が出たらそこでアウトです。時間もコストもかかるんです。

新しい苗は、ぶどうの木(穂木)からも生産はできますが、ワイナリー同士もつながりがなければ、苗木を作るための穂木を譲ってもらう交渉も難しい。そこで、2019年に、北海道から九州まで約10のワイナリーから選出された理事と研究者が協力してJVAが立ち上がりました。ここでは多様でクリーンな品種(クローン)・台木を普及させるべく、輸入した苗を健全に育成し普及させる活動をしており、JVAで調達した苗木を使ったぶどうの収穫も2023年から始まりました。

九州では宮崎の都農ワインさん、熊本の熊本ワインファームさんの協力をいただき、安心院葡萄酒工房が醸造を担当した「九州シャルドネ 2022」などをJVAチャリティーワインとして販売したり、セミナー開催などの活動も行っています。

瓶内2次発酵中の「安心院スパークリングワイン」瓶内2次発酵中の「安心院スパークリングワイン」
自社畑「あじむの丘農園」。降雨量は少ないとはいえ3~9月はビニールで覆い降雨被害を防ぐ自社畑「あじむの丘農園」。降雨量は少ないとはいえ3~9月はビニールで覆い降雨被害を防ぐ

培ったワイン技術を日本酒づくりにも活かす

――2021年8月から古屋さんは、三和酒類の日本酒づくりにも関わっておられます。三和酒類はどのような日本酒を目指しているのですか。

市場が求める日本酒と当社の醸造技術をマッチングさせるにはどうしたらよいか、というところを担っています。このところ日本酒のお蔵さんがワイン風の日本酒をつくる流れはありますが、焼酎とワインと日本酒の技術を持つ三和酒類が日本酒をつくったらどうなるのか。

例えば、三和酒類が日本酒のスパークリングを出すとなると、「あの安心院スパークリングワインの三和酒類が」という目で見られることは分かっています。現在、辛島 虚空乃蔵(からしまこくうのくら)*2で限定発売の発泡性日本酒「和香牡丹輪奏(わかぼたん・りんそう)」などを製造販売していますが、スパークリングワインのノウハウを活かし、よりガス圧が高く、濁りのないクリアーな発泡性日本酒の開発を進めています。*2 辛島 虚空乃蔵:2022年5月に大分県宇佐市内にオープンした飲食スペース・売店併設の体験施設。施設内で日本酒と発泡酒(クラフトビール)の製造も行っている。酒蔵見学や日本酒づくり体験などもできる。

また大分の地元産の飯米「ヒノヒカリ」を日本酒づくりの原料として使うことにもこだわりがあります。既にぶどうの自社畑の一画にヒノヒカリを栽培している水田があるんですよ。同じ場所で同じ環境で育った米とぶどう、それぞれから醸造されるお酒って楽しみでしょう。

――ワインづくりの技術やポリシーが日本酒づくりにも活かされるのですね。辛島 虚空乃蔵で製造しているクラフトビールの方はいかがでしょうか。

ビールは品種の多さ、メーカー数の多さからして参入が難しいジャンルですが、蒸留酒も醸造酒もつくる三和酒類として、どのような価値を生み出していくのか、どのように収益をあげていくのか。その展開を考えているところです。

2022年10月に世界的な審査会「インターナショナル・ビアカップ(IBC)2022」で「KOKU NO CRAFT 柚子エール」が部門別最高賞を受賞しました。三和酒類初の試みとして2020年にクラフトビール醸造を始めてわずか2年での受賞。うちのクラフトビール技術者はなかなかセンスがいいと思っています。

若手技術者がのびのびと酒づくりに取り組める仕組みづくり

――三和酒類のワインや日本酒、ビールといった醸造酒分野について今後の構想を教えてください。

社内に研究熱心な若い技術者たちが育ってきていますから、今、私がやるべき仕事は、彼らがアイデアと熱意をもってのびのびと酒づくりに取り組めるような仕組みづくりだと思います。

安心院葡萄酒工房と辛島 虚空乃蔵はダイレクトにお客様と接することができる貴重なエリアなので、飲食部門とも連動しながらお客様がより楽しめるイベント企画や運営に取り組んでいきたい。そのための柔軟な発想力を社員にもってもらいたいですね。

安心院葡萄酒工房長兼ヴィンヤードマネージャーの古屋浩二執行役員

――最後に福岡ご出身の古屋さんが感じる大分の魅力について教えてください。

私は登山やスキーが趣味で、体を鍛えるのと健康増進のために40歳から水泳やジョギングなど、毎日なにかしら動いている感じです。大分の魅力はやはり自然ですね。福岡にいたころから温泉本を片手に大分の温泉巡りもしていました。安心院なら温泉とすっぽん。そして三和酒類の本社のある宇佐に来て衝撃を受けたのが「がん汁」です。川カニを殻ごとすりつぶして高菜などの青菜と一緒に煮た汁で、カニみそのエキスがたっぷりで絶品ですよ。

安心院葡萄酒工房長兼ヴィンヤードマネージャーの古屋浩二執行役員
古屋浩二(ふるや・こうじ)

PROFILE

古屋浩二(ふるや・こうじ)

三和酒類株式会社 執行役員 安心院葡萄酒工房 工房長/ヴィンヤードマネージャー
農業法人 株式会社石和田産業 社長、一般社団法人葡萄酒技術研究会認定 ワイン醸造技術管理士
1971年、福岡県古賀市生まれ。九州工業大学情報工学部生物化学システム工学科卒業、1994年、三和酒類入社。1年間の焼酎製造を経て以降、20年以上にわたりワインの研究開発・製造に従事。米国留学を経て2001年の安心院葡萄酒工房立ち上げを担当。自社農園におけるワイン専用品種栽培、品種開発にも取り組む。2023年からワインのほかに日本酒、クラフトビールといった三和酒類の醸造酒分野を担当。趣味は弓道、登山、スキーなど。自宅では成人した子どもたちのためにカクテルの腕をふるうことも。プライベートでワインを飲む時もテイスティング記録をスマホのアプリに保存。麦焼酎は炭酸水で割ってさっぱりと飲む派。