対談:バーテンダー/SG Groupファウンダー 後閑信吾 × 三和酒類 顧問 下田雅彦【後編】
つくり手の立場から、本格焼酎の歴史的な変遷と製造法について語ってきた「焼酎博士」こと下田雅彦(しもだ・まさひこ)が、一人の「本格焼酎研究家」として各界の識者と意見を交わす特別編。世界的トップバーテンダーの後閑信吾(ごかん・しんご)さんとの対談の後編は、後閑さんの展開する商品やお店のコンセプトから、本格焼酎にも通じる「伝統と革新」にまで広がりました。 第11回 対談:忠孝酒造 大城勤 後編「日本のホワイト・スピリッツが世界で勝負する準備は整った」 第12回 対談:後閑信吾 前編「バーシーンから本格焼酎を世界へ広げる」 文:井上健二 / 写真:三井公一
●後閑信吾さんプロデュースの「The SG Shochu」とは
バーで使いやすい本格焼酎が欲しい。後閑信吾さん自らが企画して2020年に発売されたのが「The SG Shochu」です。「KOME」「MUGI」「IMO」の3タイプあり、カクテルベース用途を念頭に、アルコール度数は一般的な本格焼酎よりも高い40度前後。「MUGI」の製造を三和酒類が担当し、製品開発段階から当時社長だった下田も深く関わりました。「KOME」は熊本県の高橋酒造、「IMO」は鹿児島県の薩摩酒造が製造を担当しています。
下田雅彦(以下、下田) 初めて後閑さんとお会いしたのは、「The SG Shochu」の共同開発がきっかけでしたね。
後閑信吾(以下、後閑) 米と芋の本格焼酎については協力してくださる酒造メーカーが割とスムーズに決まったのですが、麦焼酎だけ少し難航していました。最初に声をかけたのは壱岐(いき)*1の酒蔵でしたが、話がうまく進まなかったのです。その頃、三和酒類の方と知り合う機会があり、大分県宇佐(うさ)市の本社を訪ねて、当時社長だった下田さんとお会いしました。*1 壱岐:長崎県の離島である壱岐は本格麦焼酎の産地として知られ、「壱岐焼酎」は1995年、世界貿易機関(WTO)協定に基づく地理的表示(GI)の保護指定を受けた。
下田 今だから言いますが、お話をいただいた時はうれしかったですね。交渉事なので口には出しませんでしたが。麦なら絶対うちだろうという自負がありましたから。それに米焼酎の高橋酒造、芋焼酎の薩摩酒造の当時の社長さんと私はたまたま同じ歳なのです。会合などでたびたび顔を合わせる機会があり、気心も知れていましたから、「3人そろって焼酎業界のためにひと肌脱ごう」と意見が一致しました。
後閑信吾さん(右奥)から「The SG Shochu」のボトルデザインのこだわりを聞く下田雅彦(左手前)。対談は、東京・丸の内にあるSG Groupのレストランバー「The SG Tavern(エスジータバーン)」で行った
後閑 米も芋も麦もそれぞれに独自の風土と歴史があり、お声がけしたメーカーは各々のカテゴリーのリーダー的な存在です。その3社が、僕のような1人のバーテンダーのアイデアで垣根を越えて結束してくださったのがうれしかった。ちょっとした(幕末に薩長同盟を仲介した)坂本龍馬感がありました(笑)。
下田 私たちにとっても貴重な体験でした。自分たちの感性を信じて、いいと思う原酒を、いいと思うブレンドでつくってきたのが「いいちこ」のラインナップです。一方、2015年に発売した麹を使ったスピリッツ「TUMUGI」では、「いいちこ」の自分たちでいいと思うつくりの伝統に加えて、バーテンダーさんの意見や感性も商品づくりに取り入れるようになったという経緯があります。
もともと本格焼酎というのは割らずにそのままでも飲めるように設計します。しかし「The SG Shochu」においてカクテルベースとしての本格焼酎を、世界のトップバーテンダーである後閑さんと共同で商品化できた経験は、今後本格焼酎を世界で広めるうえで必ず生きてくると思います。
後閑 世界の蒸留酒(スピリッツ)を俯瞰(ふかん)してみると、本格焼酎はジンやウオッカと同じ無色透明のホワイト・スピリッツのカテゴリーに入ります。でも、バーテンダーから見ると、麹や主原料由来の独特の味わい、香りが感じられる本格焼酎は、ウイスキーのような樽熟成されたブラウン・スピリッツと同じような使い方もできる。それは他の蒸留酒にはない本格焼酎の強みであり、懐の深さだと考えていたので、「The SG Shochu MUGI」ではその特性をうまく表現することを狙いました。
――そもそもなぜ「The SG Shochu」を企画したのでしょうか。
後閑 僕がアメリカから日本へ戻ってきたのは2018年、東京・渋谷にバー「The SG Club」をオープンしたタイミングでした。海外からいらしたお客様と接していると、「せっかくだから日本のもので何かカクテルを作ってほしい」というリクエストが非常に多かった。ワサビとかシソとか柚子とか、風味付けに用いる日本の食材はたくさんあるのですが、肝心のカクテルベースとなる蒸留酒がなかった。せっかくなら日本オリジナルの蒸留酒を使いたいのに、ジンはあってもカクテルベースになる本格焼酎がなかったのです。存在しないなら自分たちでつくろうと考えました。
下田 私が後閑さんを好きなのは、そこなんですよ! 日本の文化、日本の蒸留酒を世界に知らしめたいという志が素晴らしい。私たちがジンやウオッカをつくらないのも、まったく同じ理由です。
後閑 ありがとうございます。いまならアルコール度数25度の本格焼酎でも、40度のジンやウオッカと同じように使いこなせますが、その時点ではまだそこまでの技術やノウハウが足りなかった側面もあります。
「The SG Shochu」シリーズ。左から「KOME」「IMO」「MUGI」。3種類のボトルを並べると、ラベルのリボンがつながるデザインになっている
下田 ところで、後閑さんのインタビュー記事で「Sip & Guzzle」という言葉を初めて知りました。ネーミングセンスが素敵です。改めて意味を教えてください。
後閑 今日はよく褒められますね(笑)。Sipは「ちびちび飲む」とか「一口ずつ味わって飲む」、Guzzleには「ごくごく飲む」とか「みんなでワイワイ楽しく飲む」という意味があります。
SG Groupのバーは、誰でも自由に楽しめる多様なバーシーンを提供したいという願いを込めて、「Sip & Guzzle」をキーワードに運営しています。渋谷の「The SG Club」のフロアにはそれぞれ「Sip」「Guzzle」の名をつけ、ニューヨークのバーにも「Sip & Guzzle」とつけています。
下田 本格焼酎にこそ、「Sip & Guzzle」的に楽しめる多様性があります。お湯割りやロックで1人ちびちび飲んでもいいし、ソーダ割りで仲間と語らいながら飲んでもいい。
後閑 同感です。そこに本格焼酎の大きなポテンシャルがあります。ちなみに僕らの店舗やブランドにSGという冠を付けたのは、帰国時に開いた「The SG Club」からです。
実はこの「The SG Club」という名前は僕が付けたものではないんですよ。アメリカ人の友人が「Shingo GokanだからSGでいいじゃない」と言ってくれたんです。最初聞いた時は「名前の頭文字から取るなんてダサ過ぎるでしょ」と反対したのですが、彼から「一見すると名前の頭文字でSGだけど、その裏に隠れた意味があって、理にかなったらすごくカッコいいよ」って言われて納得した。そこで後付けで考えたのが「Sip & Guzzle」だったのです。
――2026年3月には新たにカクテルベースとして開発した泡盛「AWAMORI DE LEQUIO(アワモリ・デ・レキオ)」が発売されました。
後閑 「The SG Shochu」を出した頃に知り合って、ラムの新商品開発を一緒にするようになった、沖縄・瑞穂酒造の蒸留最高責任者である仲里彬(なかざと・あきら)さんから「泡盛もやりましょう」という話はあったのですが、当時は「泡盛を出すのは今ではない」と感じていました。その時点で泡盛を出しても、世界のバーテンダーの胸に「このお酒は何者だ?」というクエスチョンマークが灯ると思ったのです。
「The SG Shochu」を日本、アメリカ、中国で発売し、バーシーンに本格焼酎が浸透してきた今だからこそ、ようやく泡盛を理解して受け入れる土壌ができたと判断して、「AWAMORI DE LEQUIO」をリリースしたのです。
下田 「LEQUIO」という言葉の意味を知った時、後閑さんらしいネーミングセンスだと感心しました。
後閑 ありがとうございます。「LEQUIO」は、琉球を指す古い外国語。かの地を訪れた16〜17世紀のスペイン人やポルトガル人らが、琉球を表す中国語や現地語を元に西欧風にそう呼んでいたという経緯があります。いまのところは日本限定発売ですが、今後はアメリカや中国などでも発売する予定です。
下田 泡盛をカクテルベースにするのは難しくなかったですか。
後閑 そうなんです。泡盛には、マツタケやトリュフを思わせるような独特の「きのこ感」があります。この、きのこ感と、カクテルで大事なフルーツとの相性は最悪。コーヒーやナッツ系以外の風味とはまったく合わないです。ところが、仲里さんが沖縄の桜の花から分離した「さくら酵母」という天然酵母を用いることにより、フローラルで柑橘系フルーツともマッチする従来にない泡盛ができたのです。
下田 ならばカクテルにも使えますね。貯蔵容器は甕(かめ)ですか。
後閑 いえ、ステンレスタンクです。
下田 ですよね。泡盛のきのこ感はおそらく甕熟成の過程で生じるものだと思います。
――本格焼酎や泡盛のような長い伝統を持つ「國酒(こくしゅ)*2」を、カクテルベースという新しいカテゴリーで発展させるうえで、大切にしている考え方は何かありますか。*2 國酒:麹を使った日本を代表する酒である日本酒、本格焼酎、泡盛、本みりんの総称。
後閑 「The SG Shochu」のラベルをよく見ていただくと、「A TRADITION IN EVOLUTION」と書いてあります。これは「進化する伝統」という意味を込めたもの。伝統とはずっと同じだから守られるものではなく、状況に応じて常に進化し続けるからこそ末長く残るものになる。カクテルベースへの展開もその一環だと捉えています。
「The SG Shochu」のラベルに印字された「A TRADITION IN EVOLUTION」の文字
下田 「進化する伝統」っていい言葉ですね。私もまったく同意見です。この連載で強調しているのは、日本酒づくりと蒸留技術の合流、琉球からの黒麹菌の導入、減圧蒸留や冷却ろ過といった製造技術の開発など、本格焼酎は決して伝統にあぐらをかかず、立ち止まることなく進化を続けているという事実。飲み方だって進化してもいい。その柔軟性が、「國酒」がこの先もずっと愛される道を拓くのだと思います。
後閑 いまでは当たり前の減圧蒸留にしても、最初は「けしからん。そんなの焼酎じゃない」という抵抗勢力がいただろうと思います。ソーダ割りだって違和感を覚えたつくり手は少なくなかったでしょう(笑)。
下田 明治くらいまで本格焼酎の一般的なアルコール度数は35度程度と高めだったので、小さなぐい呑みで舐めるように飲んでいたそうです。「Sip & Guzzle」の「Sip(ちびちび飲む)」ですね。その後、密造酒を取り締まるため、標準度数として25度と20度が一般的になり、お湯割りや水割りが出てきた。どのような飲み方にも対応できる、本格焼酎が持つ懐の深さの延長線上にカクテルベースがある。
後閑 アメリカをはじめとする各国で、食前・食後中心に飲まれるカクテルベースとして本格焼酎が浸透した段階で、「実は本場の日本にはこんな伝統的な飲み方があり、他のスピリッツとは違って、優れた食中酒でもある」とアピールすれば、単純にマーケット規模は2倍になります。もともとのポテンシャルはいったん隠しておいて、まずは広く受け入れられやすいカクテルという領域で世界へ打って出る戦略は間違っていないと思います。
下田 後閑さんからそう言っていただけると励みになります。貴重なお話、ありがとうございました。
PROFILE
後閑信吾(ごかん・しんご)
SG Groupファウンダー
1983年生まれ、神奈川県出身。2001年にバーテンダーとしてのキャリアをスタート。2006年に単身渡米し、ニューヨークの名店「Angel’s Share」の4代目ヘッドバーテンダーを務める。2012年、「バカルディ・レガシー・カクテル・コンペティション」全米大会、世界大会で優勝。2014年に中国・上海に「Speak Low」をオープン以後、国内外に新しいコンセプトのバーを次々とオープンさせる。2017年にはバー業界のアカデミー賞といわれる「Tales of the Cocktail®(TOTC)」で「インターナショナル・バーテンダー・オブ・ザ・イヤー」を受賞。2019年に「Asia’s 50 Best Bars」で個人に贈られる最高賞「Altos Bartenders’ Bartender Award」(バーテンダーが選ぶバーテンダーのための賞)、2021年に「Roku Industry Icon Award」(業界に大きな影響を与えた人物を表彰)をそれぞれ受賞。2026年にはNYのバー「Sip&Guzzle」がNorth America’s 50 Best Barsで1位に輝く。斬新なアイデアと行動力を武器とする、国内外のバー業界の風雲児。
PROFILE
下田雅彦(しもだ・まさひこ)
三和酒類株式会社 顧問 工学博士
1955(昭和30)年生まれ、大分県豊後大野市出身。大阪大学工学部醗酵工学科卒業後、兵庫県の日本酒メーカーに勤務。1984(昭和59)年にUターンで三和酒類に入社。専門技術者として焼酎製造技術開発、商品開発、品質管理に従事しながら、1998(平成10)年に大阪大学工学博士号取得。1999(平成11)年に取締役に就任後、2017(平成29)年、オーナー家以外から初の社長に就任。2023(令和5)年、取締役会長、2025(令和7)年10月より顧問を務める。