プロサッカー選手(大分トリニータ)清武 弘嗣
元日本代表のプロサッカー選手である清武弘嗣(きよたけ・ひろし)さんは、大分県大分市の出身。地元のクラブチーム・大分トリニータでプロのキャリアをスタートさせた後、セレッソ大阪からドイツ、スペインと国内外のクラブで活躍、ワールドカップやオリンピックを経験し、2025年、大分トリニータに復帰しました。シンプルにサッカーを楽しむその姿勢や、大分の子どもたちへの思いについて伺いました。
文:藤本幸俊 / 写真:三井公一
──清武選手がサッカーをするようになったきっかけは、お父様の存在だったそうですね。
はい。元社会人リーグのサッカー選手だった父の影響で、気づけば僕もサッカーをしていました。
父はとても厳しい人でしたね。サッカーに限らず、私生活や学校の成績にも厳しく、結果がよくなかったら厳しく叱られることもありました。僕も反抗的な態度をとることがありましたが、その厳格な父の姿勢は、愛情があってのことだと当時も分かっていましたし、いまも父のことは大好きです。
──中学3年生で大分トリニータのユース(U-15)に所属し、U-18を経て、18歳でトップチームに昇格しプロ選手になるわけですが、そこまでは順調でしたか。
そうでもないんです。高校3年生の時、足の骨を折ってしまって手術をしたのですが、なかなか治らなくて、再手術するかしないか悩んでいました。もうプロは諦めるしかないのか、そんなことまで考えていました。それでもクラブから、トップチームに上げてもらえると話があったので、再手術を決断してその後、復帰できました。
──トップチーム昇格から2年後の2010年にセレッソ大阪に移籍、さらにその後はドイツ、スペインと海外でも活躍を続けます。2011年には21歳で日本代表(A代表)に初選出されていますが、代表での経験はいかがでしたか。
正直、人見知りだし緊張もあって、自分が代表でやれるのかという不安もありました。でも先輩方が優しくて、セレッソ大阪でもチームメイトで親交のあった香川真司さんもいたので、すぐに打ち解けられました。国を背負って戦うというのは、やっぱり特別な感覚でした。たくさんのプロ選手の中から選ばれた23人で戦うというなかなかできない経験ですし、毎日が刺激的で、サッカー選手としても人としても成長できたと思います。
──代表での一番の思い出は何ですか。
やはりワールドカップですね。2014年のブラジル大会です。ピッチに立ったのはわずかな時間でしたが、あの舞台に立てる選手はひと握りで、経験できただけでも自分の人生にとって大きな財産だと思っています。代表にはすごく個性の強いメンバーがそろっていて、本田圭佑さん、岡崎慎司さん、長友佑都さん、川島永嗣さん、キャプテンの長谷部誠さん。特に長谷部さんはドイツのニュルンベルクでも一緒で、自分の芯を持ちながらも、チーム全体も見てプレーする、その姿勢を人としてもサッカー選手としても尊敬しています。
あとは2012年のロンドンオリンピック。ちょうど22歳のタイミングで、年齢的にも恵まれました(オリンピックの男子サッカーの出場資格は原則23歳以下)。
──話は変わりまして、地元・大分の郷土料理で、好きな食べものは何ですか。また、お酒は飲みますか。
「りゅうきゅう」*1とか「やせうま」*2が好きです。シンプルな食べものが好きで、お餅も、焼くよりゆでて、きな粉をかけるだけの方がいい。あまり凝ったことをしないのはサッカーのプレーにも出ていると思います。*1 りゅうきゅう: 新鮮な刺身を、醤油、みりん、酒などでつくった調味料、ねぎ、しょうが、ごまなどの薬味で漬け込んだ大分の郷土料理。
*2 やせうま: 小麦粉でつくった平たい麺をゆで、きな粉と砂糖をまぶした、大分の伝統的なおやつ。素朴でどこか懐かしい味わいが魅力。
シーズンオフにはお酒も飲みます。そんなに強くないんですが、ビール、焼酎、ウイスキー、日本酒と幅広く飲みます。若い頃はまったく好きじゃなかったんですけど、30歳を過ぎたぐらいから飲めるようになりました。
──大分は温泉も名物ですが、行かれますか。
よく行きますよ。1人で行くこともあれば、父と一緒に行くこともあります。ただ、好みの温泉が竹田(たけた)や九重(ここのえ)にあって、大分市から足を伸ばすので、帰りがしんどいのが悩みです(笑)。
きれいすぎない、ちょっと趣のある施設が好みで、かつ熱めの湯でないと物足りない。そういうお風呂をいつも探して訪れています。
──KIYOTAKE CUPという小学生サッカー選手のためのイベントを、大分県内各地で2022年から定期的に開催していますね。
はい、ガチガチの大会ではなくて、「一緒に楽しくサッカーをしよう」という雰囲気のイベントです。子どもたちのプレーを見るのが好きで、僕自身もすごく楽しんでいます。「ああ、こういうイメージでやってるんやな」とか、思いがけないプレーに「ハッ」とさせられることもある。子どもって面白いですよ。
KIYOTAKE CUPのひと幕(写真提供:OITA F.C.)
もともと大分のサッカーレベルを底上げしたいという思いがあったのですが、子どもたちに教えるのってすごく難しいんですよね。それでも自分にできることは何だろうと考えた時、「プロである自分のプレーを間近で見てもらえる機会をつくること」という答えが浮かんだんです。それがKIYOTAKE CUPを始めた狙いです。
2025年12月までに4回開催していて、今後も継続して開催する予定です。
──2025年には大分トリニータに戻ってこられたので、サッカーを志す大分の子どもたちが、清武選手のプレーを直接見る機会がさらに増えています。自分のこういうところ、こういうプレーを見てほしいといった思いはありますか。
食べものの好みと一緒で、僕のサッカーはシンプルで、ネイマールとかクリスティアーノ・ロナウドのような複雑なプレーはしていないんです。ボールを止めて蹴るとか、パスを出したら動くとか、たぶん誰にでもできるような基本的なことを丁寧にやってるだけ。そういうプレーを見て、それができるようになればサッカーはもっと楽しくなるということを感じてもらいたいです。
──お話をうかがっていると、「楽しむ」という言葉がキーワードとしてよく出てきます。清武選手にとって「楽しむ」とはどんなことですか。
僕はそもそもボールを蹴ること自体が好きで、何気ないトラップだったり、パスだったり、その一つ一つの動作を楽しんでいます。そしてそれがうまくできたらなおさら楽しい。もちろん勝負ごとなので、勝負そのものも楽しんでいます。
今年2月に、大分トリニータに戻ってから初めてのゴールを決めたんですが、自分の中で理想的なゴールでした。「こういうプレーでこうなったら楽しいな」と頭の中で描いていたイメージがそのまま体現されたんです。僕にとって、それがサッカーを楽しむということです。
それから僕は人が好きなので、人のプレーを見るのも、好きな選手たちと一緒にサッカーをやるのも楽しい。だから練習も苦にならないし、サッカー選手でいられることが純粋に幸せです。プロになりたくてもなれない人はたくさんいて、サッカーに限らず好きなことを仕事にできている人ばかりでもない。そう考えると、なおさら自分は幸せだなと感じます。
ただ、もしサッカー選手以外の職業に就いたとしても、その仕事を好きになる自信はあります。苦しいとかつらいとか、そういう局面はどんな仕事にもあるんでしょうけど、最終的にはどこかに「楽しい」を見つけてやっていけると思います。
PROFILE
清武弘嗣(きよたけ・ひろし)
1989年11月12日、大分県大分市生まれ。ポジションはミッドフィールダー。大分トリニータのアカデミーで育ち、トップチームへと昇格。その後、セレッソ大阪を経てドイツの1.FCニュルンベルク、ハノーファー96、スペインのセビージャFCとヨーロッパでプレーした。帰国後はセレッソ大阪に復帰し、サガン鳥栖への期限付き移籍を経て、2025年、古巣・大分トリニータに復帰。日本代表としてはU-17からA代表まで各年代の代表に選出され、2012年ロンドンオリンピック、2014年FIFAワールドカップ・ブラジル大会に出場した。
※記事の情報は2026年4月時点のものです。