物理学者・東京理科大学理学部 教授 山本貴博さん

私のとっておきの大分 第14回【前編】大分で育った子ども時代、大好きな自然をもっと知るための手段が“理科”だった

物理学者・東京理科大学理学部 教授山本 貴博

東京理科大学の理学部でご専門の研究と教鞭を執る一方で、テレビや雑誌、イベントなどを通じ、理科や科学の魅力を一般の人にも積極的に発信している山本貴博(やまもと・たかひろ)教授。その軽快なおしゃべりからは、難しい学問であるはずの物理学が身近で楽しそうなものに聞こえてくるから不思議です。いったい物理学のどんなところが先生をそれほど惹きつけるのか。そんなお話から伺いました。
後編はこちら 文:萩原美智子 / 写真:三井公一

原点は、生まれ育った大分のカブトムシの森

――物理学に興味をもったのは、どのようなきっかけだったのですか。

大分での少年時代に遡りますが、もちろん初めから「物理学や理科が好き」だったわけではありません。父が国鉄(現・JR)に勤めていて、大分駅近くの官舎で育ちました。駅の南側に地元では「上野の山」「上野の森」などと呼ばれる丘陵地があって、そこに父がよく連れていってくれたんですね。

物理学者・東京理科大学理学部 教授 山本貴博さん

カブトムシやクワガタを捕っては、「なんてカッコいいんだろう!」とワクワクしました。ほかにもセミ捕りをしたり、雲を眺めたり、土や草の匂いを感じたりしているうちに自然が大好きになって。その大好きな自然をもっと知るために理科に興味をもつようになったのが始まりです。

――山本先生の原点は大分の自然にあるのですね。理科が好きになって、高校あたりからは理系一直線だったのでしょうか。

父の転勤で中学・高校は北九州市内だったのですが、実は高校3年間、文系だったんですよ。物理も数学の微分・積分も習っていなくて、高校3年生の秋くらいから理系の勉強を始めたんです。どうしてそうなったか……。一言で言うと「青春」が理由です(笑)。

高校2年生に進級する段階で文系・理系にクラスが分かれるんですが、仲良しの友だちの多くが文系。そこで思ったことは、自分にとって理科は趣味みたいなものだから誰かに習わなくても自分で調べたり勉強したりするだろうけど、修学旅行の班やクラスメイトは自分の意思ではどうにもできない。であれば「文系選択でしょ」って。青春です(笑)。

――青春を選んだわけですね。

はい、結果的に高校生活はめっちゃエンジョイできました。また、部活は卓球部に在籍していて、勉強そっちのけで卓球にのめり込んでいました。学業は放ったらかし状態だったので成績は目を当てられない状態でしたね(笑)。

部活を引退したのが3年生の秋。3年生の2学期になると教室の雰囲気が受験モードに変わって、その空気感に驚いたことを今でも覚えています。当時の僕は進路について何も考えていない状態で、友達に「何で大学に行きたいの?」と聞くと、友達たちから「一人暮らしできるよ」とか「サークル合宿なんかもあるよ」とか、魅力的な回答ばかり。

それだけで僕は「うわぁー楽しそう、俺も行く!」といった調子で軽い気持ちで、進学の意思を先生に伝えました。

物理学者・東京理科大学理学部 教授 山本貴博さん

高校卒業後、2つの「好きなこと」をしに東京に行くと決めた

――先生はどんな反応でしたか。

「お前、ナメんな!」って感じで本気で叱られましたね(笑)。で、先生に言われたんです。「大学ってのはな、学びたいことを学ぶ場所なんだ。どこで何を学びたいか、ちゃんと考えろ!」。そこで初めて進路について具体的に考えました。さほど深いことを考えることはできませんでしたが、すぐに2つのことが頭に浮かびました。

1つ目は、学問とは全く関係ありませんが、当時、織田裕二さんと鈴木保奈美さん出演の「東京ラブストーリー」というドラマが流行っていたんですよ。赤名リカ役の保奈美さんと永尾完治役の織田さんの恋愛に憧れました。「東京すげぇなー。よし、東京に行こう!」と決めたんです。

もう1つ、大学で何を学ぶかについては、「あ、そうだった、自分はカブトムシが大好きだった」ということを思い出して、「せっかく学ぶなら好きなことがいい。そうだ、理科だ。東京で理科を学ぶために大学に行こう!」ということで、東京・理科・大学で東京理科大学を志望校に選びました。

あっ、ちなみに東京理科大学での大学生活で出会ったお相手が今の奥様なんですよ。僕の東京(理科大学)ラブストーリーです(笑)。

――有言実行ですね(笑)。文系から理系に変更して大変ではなかったですか。

理系科目の教科書さえ持っていなかったので、理系クラスの友人に数学や理科の教科書を借りたりして勉強しました。教科書ってすごいですよね。物理学でいえば、ガリレオ・ガリレイの時代からの300〜400年にわたる人類の発見の歴史がたった1冊の中に凝集されているんです。先人たちが培ってきた知識や経験をこの1冊で回収できる。こんなにありがたいことはないですよ。そう思うと勉強は楽しかったです。僕の場合、大学に入学することだけを目的にしていたら、勉強そのものを楽しむことはできなかったのかもしれません。

物理学者・東京理科大学理学部 教授 山本貴博さん

物理学を選んだのは、自然を読み解き、未来も予測できる科学の手法だったから

――ところで、理科にも生物、化学、地学などの分野がありますが、その中で物理学を選んだ理由はなんですか。

人間の世界に「憲法」や「法律」などルールがあるように、自然の世界にも「法則」というものが存在していると科学者は信じています。僕はその自然界に存在する法則を「神様のルールブック」と呼んだりしていますが、人が作ったルールは人間自らが変更したり破ったりすることはあり得るけど、「神様の作ったルール」を僕らが破ることはできないですよね。

流れ星も、川のせせらぎも、虹の色も、日差しの温もりも、神様のルールブックに書かれた法則に従っていると想うと、僕はそれを知りたくなりました。「神様のルールブック」を読み解く「謎解き」、それこそが「物理学」だったのです。そういう意味で、僕にとっては「物理“学”」は「物理“楽”」なんですよね。受験勉強だけが目的で「物理学」と向き合っていたのであれば「物理が“苦”」になっていたかもしれませんね(笑)。

別の角度から僕にとっての物理学とは何かをお話しすると、それは「自然の魅力を表現する手段の1つ」ですね。自然の豊かさや神秘さを感じ、それを誰かに伝えようとしたときに、その手段は人それぞれ自由だと思います。ある人はそれをポエムで表現するし、ある人はそれを絵画で表現するし、ある人はそれを楽曲で表現したりするでしょう。僕ら物理学者はそれを「数式」という言葉で表現します。言い換えると、僕ら物理学者は「神様のルールブック」はどうやら数式という言葉で書かれていると信じ、それを読み解こうとする文学者なのかもしれませんね。そういう意味で、僕にとっての「物理学」は理系でもあり文系でもあるし、芸術でもあるんです。

――物理学は難しい学問というイメージがなんだか変わってきそうです。ここで山本先生の専門について私たち素人にも分かるようにお話しいただけますでしょうか。物理学には大きく理論物理学と実験物理学の2つの分野があって、先生の専攻は理論物理学ですね。

物理は“物の理(ことわり)”と書きますが、その対象はこの宇宙で起こるすべての自然現象です。そして、先ほどお話ししたように、その自然現象は神様のルールブックに従って起こり、それを読み解いていくのが物理学という学問です。ルールを知れば知るほど、目に入る自然の景色は楽しくなります。ラグビーでもサッカーでも、ルールを知って試合を観たほうが面白いですよね。

東京理科大学 山本先生の研究室

その神様のルールブックに書かれた数式を探っていくのが、僕が専門とする“理論”物理学です。一方、そのルールに従った自然現象を実証するのが“実験”物理学です。もちろん、理論物理学より先に実験物理学によって新しいルールが見つかることも多くあります。

理論と実験の両輪が物理学の研究には不可欠なのですが、最近はコンピューター上で自然現象を再現するコンピューター・シミュレーションやデータ科学の分野も発展し続けていて、この3つの舞台で研究が進められています。ちなみに山本研究室では、僕の気持ちが理論研究だけでは満足できず、実験研究もコンピューター・シミュレーションやデータ科学による研究も進めています。欲張りですよね(笑)。

炭素ってすごいんです。組み合わせによっては、命が宿ることもあるんですから

――さらに理論物理学の中で物性理論という学問を専門にしていらっしゃるということですが。

「水兵 リーベ ぼくの船」*って聞いたことはありませんか。

――元素記号の周期表の覚え方ですね。* 水兵 リーベ ぼくの船:元素周期表の冒頭部分、原子番号1から10までの元素記号はH・He・Li・Be・B・C・N・O・F・Ne(水素・ヘリウム・ベリリウム・ホウ素・炭素・窒素・酸素・フッ素・ネオン)。これを覚える際に使われる語呂合わせのこと。

ここに出てくる原子はいわばレゴブロックのようなものだと思ってください。水素というレゴブロック、炭素というレゴブロックなどいろいろなブロックがあって、そのままでは水素や炭素でしかないのですが、それらが組み合わさると多様な性質や機能が生み出されるんですね。それを研究するのが“物性物理学”という学問です。

僕、炭素が大好きなんですけど、炭素は元素周期表で6番目の原子、つまり、宇宙で6番目に軽い物質です。この炭素くん、一人でいるときはあまり個性を発揮しません。ところが、集まってチームを組むと、グラファイト(鉛筆の芯の素材)になることもあるし、なんとダイヤモンドになることもあるし、他の元素と複雑に組み合わさると、植物や私たち人間の体になることもあるんです。分子や原子って生き物ではないですよね。なのに、集まると生命が宿ることもある。これって、スゴいと思いませんか?

――確かにすごいと思いますし、どこかロマンチックな感じもします。ちなみに、チームのつくられ方とは、原子のつながり方をいうのですか?

はい、模型を見てもらうと早いですね。このピラミッドみたいな物体はダイヤモンドの模型です。見るからに密ですよね。ダイヤモンドはものすごい高い温度と圧力がかかってできています。ダイヤモンドができるほどのすごい高温・高圧の場所はどこかというと、地球の奥深く地下100キロメートルほどのところです。そこで作られたダイヤモンドが火山活動のためマグマにより地表に出てきたものしか採取できないから希少価値があるんですね。

左の三角形がダイヤモンド、右がカーボンナノチューブの模型左の三角形がダイヤモンド、右がカーボンナノチューブの模型

こちらのチューブ状の模型も炭素です。ダイヤモンドとはだいぶ違って、チューブの中は空洞でかなり軽量です。カーボンナノチューブ(CNT)と呼ばれていて、もともとは別の物質の合成を行なっている際に出る煤(すす)の中から発見されました。その煤は残骸として廃棄されてきたのですが、あるときそれを顕微鏡でのぞいた研究者がいましてね、炭素が見たこともないチューブ状の形をしていることを発見したんです。このチューブ(カーボンナノチューブ)の太さは髪の毛の10万分の1程度、直径でいうと1〜10ナノメートル程度です。

山本先生が手に持っている黒い物体が実際のカーボンナノチューブ山本先生が手に持っている黒い物体が実際のカーボンナノチューブ

中が空洞になっているカーボンナノチューブ模型

そんな目にも見えない小さな物質が、新しいナノテクノロジーにつながる性質をもっていることが次々と発見されたんですよ。それを実用化するための研究を、いま、進めているところなんです。

後編へ続く

山本先生が手に持っている黒い物体が実際のカーボンナノチューブ山本先生が手に持っている黒い物体が実際のカーボンナノチューブ
山本貴博(やまもと・たかひろ)

PROFILE

山本貴博(やまもと・たかひろ)

物理学者・東京理科大学理学部 教授
1975年、大分県生まれ。1998年、東京理科大学理学部卒業。2003年、東京理科大学大学院理学研究科博士後期課程修了、博士(理学)を取得。科学技術振興事業団(現・科学技術振興機構)の研究員、東京大学の助教などを歴任し、現在は東京理科大学にて教授。東京理科大学ナノカーボン研究部門の部門長、ウォーターフロンティア研究センターの副センター長ならびにマルチハザード都市防災研究拠点の副拠点長のほか、日本物理学会の理事(第79期)、日本表面真空学会のフェローを務める。主な著作は「基礎からの量子力学」、「基礎からの物理学」、「量子力学 工学へのアプローチ」、「物理学レクチャーコース 力学」など。最近では、理論物理学を駆使して「体温を利用して発電するカーボンナノチューブ」の研究などに取り組んでいる。また、テレビ番組「世界ふしぎ発見!」や雑誌「Newton」などのメディアを通して、サイエンスの魅力を世間に発信している。