物理学者・東京理科大学理学部 教授 山本貴博さん

私のとっておきの大分 第14回【後編】人の悲しむ顔を見たくない。科学の知恵で人々の安心・安全を守りたい

物理学者・東京理科大学理学部 教授山本 貴博

自然を探求する手段として、物理学に魅了された山本貴博(やまもと・たかひろ)教授。生まれ故郷・大分では、サイエンス・イベントの総合プロデューサーとして科学の楽しさを子どもたちに発信しています。また、直近では専門である物質の性質の研究を発展させ、人々の暮らしに役立つ画期的な技術の実用化も進行中。後編ではまずその新技術の話から伺っていきます。 前編はこちら 文:萩原美智子 / 写真:三井公一

カーボンナノチューブで、のび太くんを恐竜の島から救い出せ

――前編では炭素が集まってできたカーボンナノチューブ(CNT)という物質に、ナノテクノロジーにつながる性質が発見されたというところまで伺いました。

まず、これを見てください。「タケコプター」。

山本先生が作った電池切れを起こさないタケコプター

――「ドラえもん」ですね。

はい。小さな子どもたちにも物理に関心をもってもらえたらと思って作ったんですけどね。大人になって久しぶりにドラえもんの映画を観てみて思ったんですよ、「22世紀のひみつ道具を作るのは誰だ? それって21世紀の科学者じゃん! 俺じゃん! 21世紀の俺らが作り始めないと22世紀に間に合わないじゃないか!」って(笑)。

ドラえもんのひみつ道具といえば、「タケコプター」か「どこでもドア」ですよね。ただ、ごめんなさい! 21世紀の物理学は、まだ、神様のルールブックの「どこでもドア」のページまでは到達していないようです。一方、タケコプターは現在の物理学の知識と技術で開発を進められます。

ドラえもんの映画をご覧になったことのある方ならお気づきかもしれませんが、なぜかのび太くんのタケコプターだけがよく停まってしまって、恐竜のいる危険地帯に1人取り残されたりするんですよね。で、ドラえもんが言うんです。「タケコプターは、時速80キロで8時間連続運転すると電池があがっちゃう」って。僕、びっくりしましたよ。「えっ、22世紀にまだ電池を使っていたのか!」と。それなら21世紀の科学者として、電池切れを起こさないタケコプターをのび太くんのために作ってあげなければいけませんよね。

山本先生が作った電池切れを起こさないタケコプター

――恐竜から逃がしてあげないと。

そこで登場するのがカーボンナノチューブです。ここに手を置くと、ほら、タケコプターが回りましたね。実はこのカーボンナノチューブという素材には、小さな熱のエネルギーから電気を発生させる性質があるんです。

つまり、僕の体温のエネルギーを受け取った電子が活発に動き始めることで電流となり、タケコプターを回しているわけです。この装置自体は別の素材を使っているのですが、カーボンナノチューブも仕組みは同じです。頭のてっぺんにも熱エネルギーはありますから、のび太くんのタケコプターも回り続けるわけですね。もちろん、このタケコプターは子ども向けのデモンストレーションですが、体温のような小さな熱エネルギーを効率的に電気に変える技術研究の社会的意義は大きいと信じています。

  • 体温のエネルギーを受け取った電子が活発に動き始めることで電流となり、タケコプターを回す
  • カーボンナノチューブには、小さな熱のエネルギーから電気を発生させる性質がある

災害のとき、たとえわずかでも電気を「自産自消」できたら、きっと役に立つはずだ

――先ほどおっしゃった、カーボンナノチューブを応用した実用レベルの研究とはどのようなものですか。

防災に関する開発です。不幸なことに今年のお正月にも大きな地震*が起こりました。能登半島というエリアの特徴もあって、孤立した地域や救助まで長い時間のかかった地域もたくさんありましたが、停電すると夜は真っ暗だし、テレビも観られないから情報を得るのも困難になります。携帯電話の充電ができないと、SOSの連絡をすることもできません。* 令和6年能登半島地震:2024(令和6)年1月1日、日本の石川県の能登半島で発生した直下型地震。マグニチュード7.6、最大震度7の揺れを観測した。

物流も途絶えるので食べるものにも困りますが、もしも、家庭菜園があったとしたら、「自産自消」といいますか、物流が途絶えた際にも何日間かは食べることができることでしょう。それと同じように、災害時に電気の供給が途絶えたとき、電気を「自産自消」できたらいいと思いませんか?

僕はカーボンナノチューブでその実現を目指しています。まだまだ小さな電力ですが、災害時の真っ暗闇の中でこの小さな電気を使ってLEDを灯すことができれば、どれだけ不安が和らぐことでしょう。電力供給が途絶えた状況でスマホのバッテリーが切れた時に、体温でスマホを温めて続けて少しでも充電できれば、大切なメッセージを遠方にいる人に送ることができるかもしれません。

2011年3月11日の東日本大震災、僕は本当にショックで、あのような災害がまたやってきたとき、物理学者として何ができるのだろうと考えました。あの日をきっかけに、エネルギーの自産自消を実現する社会づくりに貢献する科学を研究しようと決心しました。

いま以上に人々の生活を豊かにするための科学技術の研究開発は世界中の多くの研究開発者によって進められています。僕もその1人でしたが、「3.11」をきっかけに、考えが大きく変わりました。日常の更なる豊かさを求めるだけでなく、災害時の様な非日常時でさえも「安全」を守るための科学技術をつくろうと。

物理学者・東京理科大学理学部 教授 山本貴博さん

――材料としてのカーボンナノチューブにはどのような利点があるのですか。

1つは、体温という小さな熱でさえも電気を効率よく生み出せる点です。2つ目は、原料が炭素ということ。希少金属と違い資源が豊富で、自然に優しいエレクトロニクスの実現が可能だと信じています。

――SDGsの考え方にもかなった材料なのですね。

そうなんですよ。そして、3つ目がこの素材ならではの柔軟性です。綿菓子のようにフワフワとした物質なので、ペーパー状に固めても折り紙のように柔らかいんです。また、カーボンナノチューブは溶液に溶かすことで色々なものに塗布することもできるので、人の体のような変形する曲面にさえもフレキシブルにフィットさせることができます。

――2022年に山本先生が中心になって立ち上げられたベンチャー企業・株式会社preArch(プレアーク)もこの研究と関係があるのですか。

はい。preArchは東京理科大学発のベンチャー企業で、学内のさまざまな分野の研究者が参加しています。さらにカーボンナノチューブの量産の技術をもつ日本ゼオン株式会社と連携し、地震による“建物損傷診断システム”の研究を進めています。

大きな地震が来たとき、誰もがとっさに避難しなくちゃと思いがちですが、その場に居たほうが安全なこともあります。といっても、避難すべきか、その場にとどまるべきかを地震直後に適切に判断する術はないので、経験と勘に頼るしかない状況です。そこで、科学的な方法で建物の損傷度を診断し、その情報を地震発生直後にスマホや専用受信機に伝えるのがこの建物損傷診断システムです。地震で電力供給が途絶えたとしても、地震による建物の揺れを利用して熱を発生するダンパーにカーボンナノチューブを設置し「電気」に変換して、その電力を用いて、建物の損傷判断やお客様への情報発信を行うというものです。

物理学者・東京理科大学理学部 教授 山本貴博さん

現在、このシステムを用いた実証実験を大分県別府市の鉄輪(かんなわ)や小坂(おさか)で住民の皆様のご協力のもと進めています。今後も引き続き、科学技術の立場から防災・減災のための研究開発を発展させ、大分県での成果を全国へ発信していくことで、日本の安全・安心に貢献できればと思っています。

ほかにも大分県内でカーボンナノチューブを使った“灯おこしプロジェクト”のワークショップを何度か行っています。ホームページでも紹介していますので、多くの人に関心をもっていただけたら幸いです。

物理学者・東京理科大学理学部 教授 山本貴博さん

「O-Like CAFÉ」や「サイエンスフェス」。地元・大分発のイベントでも科学の楽しさを発信

――山本先生は大分県の他のエリアでも積極的に活動しておられますね。県の理工系人材育成支援プロジェクト「O-Like CAFÉ(オーリケ・カフェ)」もその1つです。

「O-Like CAFÉ」は理系人材を増やすことを目的とした大分県の事業で、高校生に理系の魅力を伝えるトークショーなどを行っています。自分自身の経験からもそうですが、偏差値という物差しのみで進路を考えていると、勉強が辛くなってしまいますね。苦しみながら勉強して、ただ偏差値を上げることだけを目指すなら、それは学びの本質ではないと思います。

また、「将来のことを考えろ」とか「好きなことを探せ」とか「理系と文系のどっちが得意か?」とか大人は言うけれど、高校生のときの僕は「そんなこと言われても、それが分からないから困ってるんだよ!」と言いたかった。なので、トークショーでは「子どもの頃のアルバムを開いて自分がどんなときに笑っていたか思い出してみよう。そこに、本当にやりたいことのヒントがあるかもよ。僕の場合は『カブトムシ』だったんだ」とお話ししたりしています。

――2019年からは、大分合同新聞社と東京理科大学ナノカーボン研究部門との共催による体験型科学イベント「サイエンスフェス in 大分〜大人も子どもも科楽の世界へ」の総合プロデューサーも務めていらっしゃいますね。

はい。故郷の大分を離れて東京で子育てして感じたのですが、東京にはたくさんの科学館や博物館などがあり、親子で科学にふれあう場があります。規模は違えど、大分県にもO-Laboという素晴らしい体験型科学館やいくつかのNPO法人や個人の方々が、学校以外の場所でも子どもたちが科学にふれあえる場を提供しています。

このような努力を続けてきた方々が、年に一度でも一堂に会して科学体験イベントを開催できたら大分の子どもたちは喜ぶだろうなぁ。さらにそのイベントに全国から科学者や科学好きのゲストをお招きできたら、子どもから大人まで楽しめる年に一度の特別なサイエンス・デーになるかも、という想いを込めて開催しているのが、この「サイエンスフェス」です。毎年、J:COMホルトホール大分で開催しています。

物理学者・東京理科大学理学部 教授 山本貴博さん

――ここでも“科楽(かがく)”としていらっしゃいますね。講師役の方もバラエティーに富んでいて、天文の専門家から、サッカー選手、教育系ユーチューバー、美容家、アロマセラピスト、そして、書道家の武田双雲(たけだ・そううん)さんまで。

とにかく講師のみなさんが楽しんでいますよ。ちなみにこのフェスのロゴマークの「科楽」は武田双雲さんに揮毫(きごう)いただきました。双雲さんと僕は共通点が多く、僕ら2人は東京理科大学の同級生で、同じ九州出身で、2人とも「炭素と水」が好きなんです(笑)。とはいえ、大学時代はキャンパスが異なり、お互い存在さえ知りませんでした。

双雲さんと出会ったのは、僕が東京理科大学の教員となり研究部門リーダーを仰せつかったとき。その部門の研究テーマが炭素と水だったので、「炭素+水=墨だ、ロゴマークは書道家の武田双雲さんに書いてもらいたい!」と思い浮かび、「双雲さんにロゴ制作のお願いをしよう!」と誰にも相談せず勝手に決めました。

まわりからは「ドン引き」されましたが、初めて会った双雲さんは、とてもキラキラしていて、2人とも仕事の話を忘れて3時間も「炭素と水」の話で盛り上がりました。僕にとって双雲さんとの出会いはとても大きく、サイエンスフェスを立ち上げる際にも双雲さんに色々と相談に乗ってもらいました。双雲さんがいなければサイエンスフェスの実現は無かったと言えます。

――そうだったんですね。ちなみにコロナ禍の時期のフェスはどうされたんですか。

開催しました。やめるという選択をするのは簡単ですが、子どもたちにチャレンジせずに諦める姿を見せてはならない思ったので。

あのとき、子どもたちもずっと家の中に閉じ込められていましたからね。例えば、緊急事態宣言中のゴールデンウィークには、自分でサイエンス紙芝居を作り、カメラに向かって紙芝居をして録画して、それをオンラインと大分合同新聞の紙面を使って、大分の子どもたちに発信したりしました。「お庭に虹を架けよう」とか、「家の中で雲を作ろう」とか。

山本先生が作ったサイエンス紙芝居

その年の秋にも、毎週末にオンラインでサイエンストークショーやサイエンススイーツ作りを開催したり、できる限りのことをやってみました。開催後、大分の方々からたくさんのメッセージをいただきました。自分のやっていることは些細だけど間違いではないと感じ、うれしかったですね。

お酒も醤油もやっぱり大分のものがいい

――ご多忙な毎日ですが、オフはどんなふうに過ごされていますか。

土日は家で気ままに過ごしていることが多いですね。と言いながら、やっぱり物理学の理論計算をしていることが多いですね。これは趣味のようなものなので、サッカーが趣味な人がサッカーをしたり、愛好家が読書したりするのと同じです。

――お酒はお好きですか?

好きですよ。仕事相手と打ち合わせ後に一緒に食事に行って飲むことが多いです。ビールで乾杯した後はたいてい焼酎、とりわけ麦焼酎、美味しいですよね。いいちこも飲みますよ。ほら、フラスコボトルに入ったやつ、めちゃくちゃうまいです。日本酒も飲みますが、ついつい大分の日本酒を注文してしまいます。

若い頃は唐揚げとかフライドポテトとか油っぽいものを大量に食べながら、ビールでもホッピーでもいくらでもいけましたけど、最近は魚が多いですね、刺身とか。大分に帰ったときは、「関あじ」「関さば」、最高ですよね。しかも、大分は醤油(しょうゆ)がいい。東京の醤油より甘くて少しとろみがあるから、脂が強いアジやサバとの相性が抜群!

――味覚でも、大分は山本先生の原点なのかもしれませんね。

ごはんが美味しくて、人も優しくて、緑が豊かで、海や川があって、温泉もあって、僕にとって大分は地球で一番素敵な場所。大分は僕の原点です。父がカブトムシを捕りに連れていってくれた「上野の山」から僕の人格形成が始まった気がします。大人になった今でも、目を閉じると、父がカブトムシを捕まえてくれたあの瞬間の景色が鮮明に思い浮かびます。

前編はこちら

山本貴博(やまもと・たかひろ)

PROFILE

山本貴博(やまもと・たかひろ)

物理学者・東京理科大学理学部 教授
1975年、大分県生まれ。1998年、東京理科大学理学部卒業。2003年、東京理科大学大学院理学研究科博士後期課程修了、博士(理学)を取得。科学技術振興事業団(現・科学技術振興機構)の研究員、東京大学の助教などを歴任し、現在は東京理科大学にて教授。東京理科大学ナノカーボン研究部門の部門長、ウォーターフロンティア研究センターの副センター長ならびにマルチハザード都市防災研究拠点の副拠点長のほか、日本物理学会の理事(第79期)、日本表面真空学会のフェローを務める。主な著作は「基礎からの量子力学」、「基礎からの物理学」、「量子力学 工学へのアプローチ」、「物理学レクチャーコース 力学」など。最近では、理論物理学を駆使して「体温を利用して発電するカーボンナノチューブ」の研究などに取り組んでいる。また、テレビ番組「世界ふしぎ発見!」や雑誌「Newton」などのメディアを通して、サイエンスの魅力を世間に発信している。