三和酒類「いいちこ日田蒸留所」の貯蔵用ホーロー製タンクと木樽

Dr.下田の新本格焼酎論 第5回

本格焼酎のつくり方:「貯蔵・熟成」から「瓶詰め」まで 前編~本格焼酎は「新酒文化」

三和酒類で技術者、経営者として本格焼酎づくりに携わってきた「焼酎博士」こと下田雅彦(しもだ・まさひこ)の語り下ろしによる本連載。蒸留以降の工程では技術的な選択肢が多く、蔵元ごとの個性が発揮されて多種多様な本格焼酎が生み出されます。まずは「貯蔵・熟成」について見てみましょう。第4回「『蒸留』『冷却ろ過』後編~本格焼酎の最大の課題『油臭』」語り:下田雅彦(三和酒類 顧問) / 構成:井上健二 / 写真:三井公一

本格焼酎の製造工程図(作:下田雅彦)

1970年代半ばから50年の間に、本格焼酎は実に3回の焼酎ブームを巻き起こし、「肩身のせまかった庶民の酒から、西洋の蒸留酒に負けない日本の蒸留酒」へ一気に地位向上を果たしました。この間、増税などによる度々の危機があったのですが、それを跳ね返して成長し続けた原動力となったのが、「原石をどう磨いて宝石(製品)にするか」という本格焼酎の多様性の開花だったのです。

それを可能にした最大のポイントが、「貯蔵・熟成」から「瓶詰め」までの一連の工程にありました。今回は、「貯蔵・熟成」について、その進化を日本の蒸留酒文化の視点から振り返ってみましょう。

ステップ8 貯蔵・熟成

新酒を「落ち着かせて整える貯蔵」

貯蔵工程と熟成工程は、通常は一体として扱われますが、本格焼酎を理解するため、この工程をあえて2つに分けてご説明します。それは、日本には本格焼酎の「新酒文化」と泡盛の「古酒文化」という2つの蒸留酒文化が共存しているからなのです。ここでは製造してからおおむね1~2年で出荷して消費する文化を「新酒文化」とし、3年以上熟成させてから消費する文化を「古酒文化」と定義して話したいと思います。

まず、本格焼酎の「新酒文化」です。

貯蔵は、蒸留を終えた原酒を一定期間タンクに「保管」すること。その狙いは、出来たての原酒を落ち着かせることにあります。蒸留したての原酒には、アルデヒドやガス臭、硫黄臭といったトゲトゲしい香りが残っているため、香味が荒々しい印象があります。そのため、貯蔵後に軽く撹拌(かくはん)したり、タンクからタンクへ移し替えをすることで、こうしたマイナスの香りや味を揮散(きさん)*1させます。同時に、貯蔵中に原酒の表面に浮いてくる油を、一定期間ごとにすくい取ったり、ろ過により除去します。*1 揮散(きさん):常温で蒸発する成分が大気中に散逸すること。

この段階では、原酒の品質を低下させないように細心の注意を払いながら、香味の調和を整えていきます。多くの酒造メーカーでは、最低3~4カ月以上の貯蔵期間を設けます。貯蔵には、取り扱いが容易で容器として安定しているホーロー製タンクやステンレス製タンクなどが主に用いられます。新酒を「落ち着かせて整える」貯蔵とは、常温で不要な成分を分離除去する工程と言い換えてもよいかもしれません。

ホーロー製タンク
ステンレス製タンク

本格焼酎は、世界の蒸留酒のなかでも珍しい「新酒文化」をもつ酒ですが、それが定着した背景として3つ挙げられます。

1番目は、本格焼酎の成り立ちに由来する日本酒の影響です。毎年秋に収穫した新米を原料として冬に仕込み、新酒ができたら次の年までに消費するというのが日本酒の基本的な飲まれ方。同時に、日本は新鮮な魚が毎日のように獲れ、四季折々の天然食材や農作物が手に入りやすいという恵まれた環境にあります。日本酒と同様に、新鮮な味わいを楽しむ食文化のなかで、本格焼酎の「新酒文化」が育まれてきたと言えます。

2番目の理由は、本格焼酎特有の劣化によって生じる油臭の問題です。一度原酒に油臭が生じると、その後、熟成を重ねたとしても、美味しく変化させることは至難の技でした。この問題は、1970年代に油臭のメカニズムが解明されるまで(第4回後編参照)、本格焼酎づくりの課題であり続けました。

そして3つ目は、他の蒸留酒とは異なり、本格焼酎は、麹を使った並行複発酵と原料の風味がシンプルに引き出される単式蒸留により、時間をかけて熟成しなくても味わいを十分楽しめたのだと思います。

南九州を中心につくられるようになった本格焼酎は、あくまで庶民が日々の生活のなかで楽しむ酒でした。明治期までは、米は年貢として厳しく取り立てられており、通常は庶民が米から焼酎をつくるという贅沢は許されていませんでした。その意味では、球磨(くま)地方*2の米焼酎は例外的な産地と言えるかもしれません。九州各地の庶民は米ではなく、雑穀や芋などから焼酎をつくり、日々の営みのなかで慎ましく味わっていました。*2 球磨(くま)地方:現在の熊本県南部で、本格米焼酎の代表的な産地。

そのなかで、芋焼酎の主産地である鹿児島県では、「新酒」を尊ぶ独特の文化が育まれてきました。芋焼酎では、原料となるサツマイモから、麹がつくる酵素の働きによって遊離する、リナロールやシトロネロールといった華やかなイモ由来の香り成分が、原酒に移行します。これらの成分は新鮮なほど多く原酒に含まれていることから、芋焼酎はイモの香りと油性成分のうまみがある新酒がとりわけ美味しいとされているのです。

時間経過により「原酒の付加価値を高める」熟成

一方、沖縄の泡盛は、もともと大陸文化の影響を受け、琉球王室の御用酒として、長い間、独自に進化してきました。熟成させた古酒は品質変化が少なく、「古きを尊ぶ」価値観をもつ中国との交易品および日本の朝廷や将軍家への献上品として価値が高かったのです。熟成とは、原酒中の成分の反応などを利用して風味の質を高めることを目的とした工程です。

熟成により起こる反応には、化学反応と物理反応があります。

化学反応の代表例が、泡盛を3年以上熟成させた古酒(クース)に見られる、特徴的なバニラのような香り成分「バニリン」の生成です。麹がつくる酵素によって米の細胞壁の成分が溶解すると、「フェルラ酸」として、もろみ*3中に切り出されます。このフェルラ酸が、蒸留時の高温条件下で化学反応を起こすと、「4-ビニルグアヤコール(4VG)」という成分に変化します。泡盛を熟成させると、原酒中に移行した4VGが酸化反応によってバニリンに変化し、バニラのような甘い香りを発するようになるのです。この一連の変化には、年単位の長い時間が必要です。*3 もろみ:醸造用のタンクに、麹、水、酵母などを入れて仕込み、その後発酵している状態

泡盛貯蔵中にバニラの甘い香りが生まれるメカニズムを示す図(小関卓也、岩野君夫「日本醸造協会誌/93巻(1998)7号」p510「泡盛中のバニリンの意義と生成機構」を参考に作図)
バニラの香りが生まれるメカニズムについては、下記の焼酎の香りの記事もご参照ください。
「麹原料にも麦を使うことで初めて『麦100%の焼酎である』と言えるものなんです。」

物理反応は、原酒に含まれるアルコール分子と水分子の分子間構造が安定化することにより起こります。熟成している間、水分子はクラスター(集合体)をつくり、アルコール分子を取り囲みます。その結果、アルコール成分特有のトゲトゲしさが和らぐと考えられています。

「古酒文化」とは、酒に含まれるものが化学的・物理的反応により好ましい成分、状態へと変わっていくことで古きを尊ぶ文化と言えます。泡盛の長期間の熟成で用いられている容器は、甕(かめ)です。使われている甕は、琉球王朝時代の15〜16世紀に東南アジアから渡来した南蛮甕に始まり、その後、琉球でつくられるようになった沖縄産の甕などがあります。いずれも素焼きで微細孔があるため、甕の原料となる土に含まれている金属イオンが原酒と接触することで、化学反応による熟成が進行(触媒作用)します。こうしたさまざまな反応の重なりにより、古酒特有の風味をつくり出しているのです。

泡盛で使われている熟成甕(撮影協力:忠孝酒造、写真:三井公一)

新酒文化(本格焼酎)と古酒文化(泡盛)の共存から融合進化へ

本格焼酎のなかでも、麦焼酎や米焼酎は、付加価値を高めるうえで新酒が最良とは限りません。油臭問題の解決と同じ頃、麦焼酎の貯蔵用容器として木製樽を使用する製造者が現れ始めます。お手本となったのが同じ蒸留酒であるウイスキーです。木製樽の内側を焼くことで、木質成分が熱分解して貯蔵中に原酒に溶け出します。それらの成分が熟成中に化学反応することで、泡盛と同様のバニリンや、熟成したウイスキー特有の琥珀色と芳醇な香味が付加されるのです。

ウイスキーやブランデーなどの蒸留酒では、一般的に年数を重ねて熟成した貯蔵酒が尊ばれるという点に、皆さん異論はないでしょう。しかし、日本独自の蒸留酒文化として、新酒文化(本格焼酎)と古酒文化(泡盛)が共存することは、世界的にも極めて珍しい例なのです。それは、まさに麹を使った日本の酒づくりの真骨頂と言えます。

三和酒類の「いいちこ日田蒸留所」でも木樽を使って麦焼酎の原酒の熟成を行っている
樽熟成した麦焼酎の原酒。左が3年程度、右が十数年程度の熟成を経たもの

コラム

本格焼酎は「酒屋万流」で危機を乗り越えた

日本酒の世界では、古くから「酒屋万流(さかやばんりゅう)」という言葉が使われています。米麹と米と水を原料として、日本全国津々浦々でつくられている日本酒。それぞれの地域の気候風土や水の違い、食文化や蔵元の目指す酒づくりや杜氏(とうじ)さんの流儀によって、製造方法が異なることを表した言葉です。

一方、本格焼酎づくりではこれまで「酒屋万流」という言葉が使われることはありませんでした。 しかし私は、現在は本格焼酎の「酒屋万流」の時代と強く感じています。それは、本格焼酎の市場が広がり地位が向上する過程で生まれた変化を見てきたからかもしれません。

1980年代の第2次焼酎ブーム以降、日本全国に本格焼酎・泡盛の市場が形成され認知が高まると、世界の蒸留酒と肩を並べるための社会的要請として、3つの難題が立ちはだかりました。すなわち、①焼酎乙類の表示に関する公正競争規約施行(1986年)、②GATT(関税及び貿易に関する一般協定)のパネル認定に基づく蒸留酒間の酒税格差是正要請(1987年)、③WTO(世界貿易機関)による日本への酒類の税率是正勧告(1996年)です。

まず、1986年に施行された焼酎乙類の表示に関する公正競争規約施行(表示規制)では、芋、米、麦、そば、黒糖、粕取りのほか、ごま、人参、栗、かぼちゃ、しいたけ、しそ、など各種○○焼酎について冠表示できる基準として、表示する使用原料が50%以上である、または50%以下であれば使用原料中最も多い原料で何%使用したかを併記することが定められました。同時に、添加物についても表示が義務付けられたことで、本格焼酎には原料の規定があり、原料、麹、水以外の添加物を加えないという現在の定義に至っています。

さらに、GATTおよびWTOによる酒税の是正勧告は、1996年当時、日本の酒税法においてウイスキーに焼酎の約6倍もの税金がかかっていたことに対するものでした。その結果、1997年から2000年にかけて3回の増税が実施され、ウイスキーと焼酎の格差是正が行われました。

いずれも本格焼酎・泡盛業界の存亡を揺るがす環境の激変でした。それらを乗り越えるため、各メーカーは生き残りをかけて品質競争に取り組みます。その結果、芋、米、麦、そばなどの原料間競争に加えて、同じ原料でも商品の差別化競争が起こり、2000年以降の第3次焼酎ブームにつながったのです。製造元の考えや目指す酒質によって「原石」をいかに磨き上げるか、伝統と革新が相互に影響を与えながら調和した多様な製造方法の道が開かれました。そして、2002年には「本格焼酎の定義」が確立され、「酒屋万流」時代が到来したのです。その後20年経過した今、本格焼酎はかつての「肩身のせまかった庶民の酒」から、「西洋の蒸留酒に負けない日本の蒸留酒」への地位向上を果たしたと言えるのではないでしょうか。

本格焼酎の変遷に関わる出来事と酒税法(1960年以降)(作:下田雅彦)

主要参考文献:「本格焼酎製造技術」(日本醸造協会、1991年)、「世界のスピリッツ 焼酎」(関根彰、技報堂出版、2005年)、「焼酎の履歴書」(鮫島吉廣、イカロス出版、2020年)、「焼酎の科学」(鮫島吉廣・髙峯和則共著、講談社)、「しょうちゅう業界の未来戦略」(野間重光・中野元編著、ミネルヴァ書房、2003年)

下田雅彦(しもだ・まさひこ)

PROFILE

下田雅彦(しもだ・まさひこ)

三和酒類株式会社 顧問 工学博士
1955(昭和30)年生まれ、大分県豊後大野市出身。大阪大学工学部醗酵工学科卒業後、兵庫県の日本酒メーカーに勤務。1984(昭和59)年にUターンで三和酒類に入社。専門技術者として焼酎製造技術開発、商品開発、品質管理に従事しながら、1998(平成10)年に大阪大学工学博士号取得。1999(平成11)年に取締役に就任後、2017(平成29)年、オーナー家以外から初の社長に就任。2023(令和5)年、取締役会長、2025(令和7)年10月より顧問を務める。