「一味真」の店前で。手にするのは「安心院(あじむ)ワイン ピノ・ノワール」

もっと語ろう麹と発酵 Vol.24この仕事、60歳がやっと1年生。じゃないと味が出ないものです

レストラン「一味真」総支配人/シェフソムリエ/バーテンダー小川 貞夫

ソムリエとして、バーテンダーとして、レストランのマネジャーとして、長い経験と輝かしい評価を得てきた小川貞夫(おがわ・さだお)さん。酒の味わい、香りを言葉にするコツ、酒を知りもっと深く楽しむためのヒント、そして現在の「酒のプロフェッショナル」に至る歩みについて語っていただきました。
文:鈴木昭 / 写真:三井公一

酒の味わい、香りを表現する言葉

――小川さんはお酒の味わいを表現する時に、多彩に言葉を操られますよね。まるで詩の一節のようにも聞こえます。こうした言葉はどのように生まれてくるのでしょうか。

ワインが基本です。ワインの言葉は世界共通の表現で、フランスのボルドー大学で書かれたフランス語のテキストが基準になります。それを基にストーリーを創っていきます。

レストラン「一味真(いちみしん)」総支配人の小川貞夫(おがわ・さだお)さん

本格麦焼酎「いいちこ」のフレーバーチャート*1を作った時には、和のお酒ですので日本風に言葉を置き換えていきました。酒の世界では、思いつきを言っても何にもならないし、伝わらないものです。日本酒(さけ)サービス研究会では日本酒に関するテキストを作っていて、その中の日本酒を表現する言葉などを参考にさせてもらいました。*1 フレーバーチャート:飲料が持つ味わいや香りの傾向を視覚的に分かりやすく表現した図。「いいちこ」に関するフレーバーチャートは「iichikoスタイル」の「焼酎の味わい、香りはどんな風に表現する?」参照。

――本格焼酎の味わいや香りを表現する言葉というのは日本酒と共通しているということでしょうか。

そうですね、日本酒と共通しています。ただ本格焼酎の味わいを表現する言葉は少ないです。そもそもワインや日本酒といった醸造酒と比べて、スピリッツ(蒸留酒)というのは差が出にくい。例えば最近売られている芋焼酎や米焼酎のブラインドテストを当てるのは、なかなか難しいものです。

――小川さんでも当たらないですか。

ええ、私も外す場合があります。麦焼酎の「いいちこ20度」や「いいちこ25度」の違い、「いいちこ」と他社の芋焼酎との違いなどなら当てられますが、最近の芋同士や米同士の焼酎のブラインドテストをするとなると結構難しい。それぐらい本格焼酎というものの製造技術が進化して似てきたということだと思います。どの本格焼酎も洗練されてきてつくりがいいし、しかもウイスキーのように樽熟成していないので、ごまかしが利かないというか雑念がない。

だから、ラベルのデザインや内容も、ものを言います。のっけから香りとか、舌で飲んでいるのではなくて、頭で認識してから飲んでいる。それだけに、老舗の本格焼酎は、安易にラベルを変えちゃいけないと私は思っています。つまり、ボトルやラベルのデザイン・イメージも品質なのです。

「一味真」店内からの眺望

「酒のプロフェッショナル」への道のり

――小川さんが最初にお仕事としてお酒に関わったのはいつ頃ですか。

大学生の頃に鹿児島市内のイタリアンレストランでアルバイトをしていた時です。お客様にワインを注ぐこともあったのですが、それを見ていたイタリアから帰国したばかりのマネジャーから、「上手だ、この仕事が似合っているよ」と褒めてもらえました。

「ソムリエ」という仕事を知ったのはその時です。お客様からもワインの味見をさせていただいて、いろいろ教えてもらいながら、実践でソムリエについて学んでいきました。大学生の身である私からすると「世の中にこんなに楽しい仕事があるのか、ワインは味としても美味しい!」と思いました。ふだん鹿児島では当地の芋焼酎を飲んでいたので、別世界を見たように感じました。

――大学を卒業してそのまま鹿児島で就職したのですか。

いえ、出身地大分に戻り、別府市内のホテルとリゾートを運営する会社に就職しました。就職先の志望動機はやはり学生時代のレストランでの経験が大きかったですね。

野心を抱きソムリエ資格を取得

――小川さんがソムリエ資格を取得されたのは、認定制度が始まってすぐのことだったのですか。

日本ソムリエ協会による最初の試験が行われたのが1985年、私が受験したのが1990年のことですからすぐというわけではありません。

日本でソムリエ資格の最初の試験実施を目指して、その前段として東京でワインに造詣の深い方々による勉強会がありました。ワインを独自で勉強していて、志の高い最初に集まった人たちを認定ソムリエ1番、2番、3番と付けたと聞きます。その人たちが試験問題を作り、1985年に日本ソムリエ協会が第1回のソムリエ資格の認定試験を実施しました。

ホテルマンとしてレストランやバーで働いて3年目ぐらいの時、「ソムリエの時代が来た」という雑誌の記事を読んで、認定試験を受けてみようと思ったのが1990年のことでした。私は1989年にフランス食品振興会主催のソムリエコンクールで九州1位となっていましたが、日本ソムリエ協会のソムリエ認定試験は受けていませんでした。

受験したのには訳があります。当時の日本の企業組織は年功序列社会でしたから、先輩にはかなわない。年功序列を逆転する道は、会社の外から認められること、資格を取るとかコンクールで勝つとか。「よしそれなら、ソムリエの資格も取ってみよう」と決めたのです。

レストラン「一味真(いちみしん)」総支配人の小川貞夫(おがわ・さだお)さん

――試験勉強は今ならYouTubeやオンラインのレッスンなどもありますが、当時はどのようにされたのですか。

勉強はソムリエ協会の基本技術講習会を受講してテキストを丸暗記、その他の専門書も片っ端から丸暗記しました。「小川君、試験官の部屋はこっちだよ」だとか、「え、まだ試験受けていなかったの」、「筆記試験は100点満点だから、120点取らんでいいからね」(笑)などと試験官も冗談を言ってくれて。もちろん合格しました。

レストラン「一味真(いちみしん)」総支配人の小川貞夫(おがわ・さだお)さん

秀でた味覚と記憶する鍛錬

――ソムリエの能力として、香りや味わいを認識して、それを記憶して、言葉として残せるということが重要ですよね。

今だからこそ言うのですが、私は色の見分けが先天的に苦手なんです。でも、香りや味わいはとてもよく分かる。飲み物についても色ではなく香りや味わいで見極める。そのため、香りや味わいに対する感覚は“破格”に発達しました。何かハンディがあると別の部分が発達するんですね。だから、美術の授業でも、「いつも変な絵を描くな」とか、「絵の具の使い方が違う」とか言われました。「でもタッチはいいよ」とも言われていて、大体いつもそれが展覧会で入賞していました。

カルチャー教室でワインの講師をやっていた27年間は、「色に関する感覚が違う」と言えなかったです。その代わり、私独自のフィルターがあって、逆に人よりも見えていた部分があったのだなって、自分ではそう理解しています。テキストに載っている色合いとかは、全部丸暗記してますので、ワインの熟成の色とかの説明には問題ありませんでした。

レストラン「一味真(いちみしん)」総支配人の小川貞夫(おがわ・さだお)さん

貴重な上司や先輩との出会い

――カクテルの技術はどのように勉強されたのですか。

独学に加えて日本バーテンダー協会などの勉強会でも学ばせていただきました。また、ワインやカクテル・寿司の知識、それに加えて生活文化に精通している「本当の本物」の哲学を持つ上司がいました。東京ドームの松山昌平(まつやま・しょうへい)さんという方で、都内で寿司店やレストラン、バーに連れて行っていただきました。そこで寿司の食べ方からお酒の飲み方まで貴重な店舗実践経験をさせてもらい、飲食業の魂を学びました。

30歳になる前にニューヨークの有名ホテルで働く機会があり、そこで学ばせていただき、アメリカの他の都市でも実務経験を重ねました。1980年代後半のことです。当時、アメリカの大学に留学していた兄から「ホテルマンならばコーネル大学に留学してホテル経営を学ぶのがいいぞ」とアドバイスをもらったのですが、仕事を辞めて留学する度胸も学費もなく、上司の紹介で渡米してニューヨークの「ザ・ウォルドルフ・アストリアホテル」という有名ホテルで実績を積むことを選びました。

1989年に日本バーテンダー協会主催のコンクールで賞(バーテンダー技能コンクール九州決勝大会フルーツ部門優勝)をいただけたのは、バーテンダーの師匠である佐藤昭次郎(さとう・しょうじろう)さん*2のおかげ以外の何ものでもありません。「大会に出てみらんね」と背中を押され、お店の仕事後には日々技術指導を賜りました。1996・97・98年のバーテンダー技能コンクール全国大会では優勝は逃しましたが優秀賞をいただきました。その後、佐藤さんのご指導のおかげで、企業主催の全国大会などで5回優勝することができました。*2 佐藤昭次郎:1942年、大分市生まれ。「Bar CASK(カスク)」(大分市)オーナーバーテンダー。国内バーテンダーの最高栄誉とされる「ミスター・バーテンダー」の称号を持つ。元日本バーテンダー協会会長。2020年「旭日双光章(きょくじつそうこうしょう)」を受賞。

レストラン「一味真(いちみしん)」総支配人の小川貞夫(おがわ・さだお)さん

佐藤さんに教えていただいた大切な言葉があります。「小川君、人は人に支えられている、だから感謝しなさい、そして自分のカヌーは自分で漕ぐのだよ」って、感謝しつつも自立する両方が大切であることを教えていただきました。

私が40歳を前に、東京ドームホテルの仕事で東京に出向くことになって、「とても緊張していて不安です」と佐藤さんに相談したら、「小川君、皆さんに感謝して精いっぱいやってきなさいよ」と背中を押してくれました。とにかく佐藤さんにはお世話になっています。

レストラン「一味真(いちみしん)」総支配人の小川貞夫(おがわ・さだお)さん

40歳を前に仕事の場を東京に移す

――東京ドームホテルのバー開設を担当されたのですね。

1999年に東京ドームホテルの開業準備室のメンバーに選ばれて、単身赴任ではなく家族全員で東京に移りました。せっかく別府市内に一軒家を建てた後だったのですが。

東京ドームホテル6階にメインバー「2000(トゥエニーオーオー)」をつくるため、照明、カウンター、そこに埋め込む長嶋茂雄監督(読売ジャイアンツ終身名誉監督。2025年逝去)が使ったバットの配置に至るまで内装全ての設計を担当しました。

図面では、バーカウンターの奥行きが1mあり、長過ぎてお客様にカクテルが提供できない設計でしたので、1mの奥行きを75cmに削ってもらいました。テーブルの高さ、椅子の高さや幅なども人間工学的に考え、ボトル陳列棚や店内の照明角度まで工夫しました。バーテンダーが気持ちよく接客できるようにとか。働くスタッフが楽に動けないと、良いサービスができないですからね。

東京にいたのは2年半。メインバーの展開がことのほか順調に進んで、結果的に部下たちに任せても運営が行き届くようになりました。東京でバーテンダーを続けたかったのですが、次は別府のホテルを再生するという新たな仕事に就くこととなりました。

東京ドームグループにはお世話になりましたが、ちょうどその時、大和ハウスグループの別府湾ロイヤルホテルから、「これからブライダルなど業態を広げる」ということで、声がかかり転職しました。飲食には自信がありましたので、新しい職場でがむしゃらに働きました。

アルバイトも入れれば部下が300人ぐらい。現場の朝食・ランチ・ディナー・バーの仕事の他に、レセプション・チャペルの司式・婚礼・美食会や寄席・ディナーショーなどばんばんやりました。八代亜紀さん(故人)、郷ひろみさん、美輪明宏さんとかを招いて。全て得意部門です。

――その後、今の「一味真」の総支配人に抜てきされて、仕事の場は再び東京に移ったのですね。

ご縁ですね。大分と東京の2拠点生活です。この「一味真」の空調・音響・照明など内装も自分で手がけています。ダウンライトのシェード作りや、間仕切りのスクリーン、ポールハンガーも別府湾の流木(松の木)を利用して、店の雰囲気に合わせています(笑)。

「一味真」店内。夜は窓からの都心の夜景も美しい

現場の経験を積んだからできることもあります。例えば、お客様に退店時刻を促すこともその1つ。これは先輩に教えていただきました。バーってお客様が飲んでいたらお店を閉めにくいものです。ところが先輩は、丁寧に「閉店のお時間です」ってお伝えするんです。「すごいな、先輩は」って思いました。それ、20歳、30歳じゃできないんです。40歳、50歳になって人間力を高めないと。だからこの仕事、60歳がやっと1年生。じゃないと味が出ないものです。

――「一味真」にいらっしゃる国内外のお客様に対して、料理に合わせたお酒の提案はどのようにされるのですか。

基本は世界のプロトコル(公式な場での儀礼・作法)に従います。例えば、米国のトランプ大統領が国賓として招かれたイギリス王室の晩餐会は、大体ヨーロッパのプロトコルに従ったものでした。日本でも迎賓館では最初に何を出したとか、今はネットでも調べられます。シャンパーニュや日本のワインだったとか、その時の料理のメニューは何だったか。調べて記録しておく。それを知っていると、海外のお客様の要望も予測がつきます。前菜、魚料理、肉料理、デザートと世界の基準はこのように定められます。

レストラン「一味真(いちみしん)」総支配人の小川貞夫(おがわ・さだお)さん

ブリア=サヴァラン*3は1800年代に、食に関する考察を書籍にまとめました。そこでは冷たい前菜、温かい前菜、スープ、魚料理、肉料理、レギューム(野菜類)などといった料理に関する話が続きます。その内容は200年経っても変わらない。その一連の料理の流れをダイジェスト版にしたコースが今のレストランのスタイルです。*3 ブリア=サヴァラン:フランスの政治家で美食家。1825年の著作「美味礼賛(びみらいさん)」(原題はPhysiologie du Goût=直訳は「味覚の生理学」)で知られる。

レストラン「一味真(いちみしん)」総支配人の小川貞夫(おがわ・さだお)さん

日本の懐石料理も前菜が来て、お刺身が来て。その全体の流れを「一味真」でも取り入れているので、まず肉で、魚が続くということはあり得ない。前菜、魚、肉、デザート。それに合わせてシャンパーニュに白ワイン、赤ワイン、デザートワイン。お肉には赤。それがチキンになった時に白とか変化球は投げますけど。たくさん飲む方にはシャンパーニュ、白、白、赤とかの順番でお出しする。その間に日本酒、本格焼酎をはさむと、バリエーションが生まれます。

シチュエーションや産地、料理方法、食材などとお酒を合わせる。最近、ペアリングやマッチングと言う方が多いですが、根拠はありそうで、ない。料理の全体を見て、飲み物は酸が強いものか穏やかなものか、コクのあるものか、ないものを合わせるかは私が判断して決めます。

日本酒や本格焼酎をお出しする際には、それがどういうつくりの酒なのか、どんな温度で飲むのがいいのか、などと聞かれれば丁寧に説明しますが、お食事中は、お客様にぱっとイメージが湧くように “一言話法”を心がけています。

レストランっていうのは、元気が出る場所なんだと私は考えています。きっちり接遇して、お客様に元気を出していただく場所。こういうのって楽しいですね。この仕事って楽しくてしようがないです。

レストラン「一味真(いちみしん)」総支配人の小川貞夫(おがわ・さだお)さん

PROFILE

小川貞夫(おがわ・さだお)

「一味真」総支配人/シェフソムリエ/バーテンダー
1961年大分県国東市生まれ。鹿児島市で大学時代を送り、卒業後は別府市のリゾート施設運営会社に就職。「ザ・ウォルドルフ・アストリアホテル」でバーテンダー・レストランサービスを経験。1999年に東京ドームホテル開業準備室料飲マネジャーに着任、ホテル全館の飲料メニューを開発。2000年開業と同時に「BAR2000」の初代マネジャー、チーフバーテンダー、シェフソムリエを歴任。2015年から大和ハウスグループ迎賓館「一味真」の総支配人・シェフソムリエに就任し現在に至る。日本バーテンダー協会、日本ソムリエ協会の他、各種団体や大学・専門学校、フランス食品振興会、NHK文化センターなどでワイン講師としても活躍。セミナー講演会以外に映画やテレビドラマの所作出演を手掛け、飲食の素晴らしさを伝えている。

バーテンダーとして1989年バーテンダー技能コンクール九州決勝大会フルーツ部門優勝。1996年から3年連続でバーテンダー技能コンクール全国大会優秀賞。2002年より大和ロイヤルホテルズ主催全国バーテンダー技能コンクール3大会連続優勝。2004年インターナショナルバーテンダー。2017年マイスターバーテンダー。ソムリエとして1989年にフランス食品振興会主催ソムリエコンクール九州ランキング1位。フランスシノンワイン騎士団シュヴァリエ・フランスガストロノミー協会ワイン&スピリッツメートルコンセイエ・日本ソムリエ協会とシャンパーニュ委員会よりマスターシャンパーニュ・シャンパーニュ騎士団シュヴァリエ。この他、紅茶マイスター、フランスチーズのフロマージュ騎士団シュヴァリエ、日本酒・焼酎のソムリエ最高位資格「酒匠(さかしょう)」、調理師、フードオーガナイザーなど国内外のタイトルを保持。