古くからの面影を残す町並みや、風光明媚な自然など、魅力満載の大分を歩いて堪能できるコースを紹介します。今回は大分でも屈指の温泉地・別府の観光スポット「地獄めぐり」と、温泉街を見下ろす高台から続く里山の風景を楽しむ道です。
写真:三井公一
〈ウォーキングモデルコース〉
距離:約11km
所要時間:約3時間
観光客でにぎわう鉄輪エリアの温泉街と、静かな林間の道という、異なる表情を楽しめるコース。温泉街では足湯や飲食店が点在しているため、観光と休憩をほどよく楽しめる。無料で立ち寄れる足湯で使うタオルを持参することをおすすめする。湯けむり展望台(⑤)の手前から龍巻地獄、血の池地獄(⑧)まではやや激しいアップダウンがある。序盤と終盤に歩く県道218号(③)沿いは歩道が狭い箇所があるため、歩行時には注意が必要だ。
「日本一のおんせん県おおいた」の中でも、最も多くの源泉数・湧出量を誇るのが別府市。市内に点在する8つの代表的温泉地を「別府八湯(べっぷはっとう)」と呼ぶ。なかでも鉄輪(かんなわ)温泉ではおびただしい数の湯けむりが立ちのぼり、街中を歩けばそこここの側溝からも湯気がのぼっていて、大分を象徴する風景の一つを形作っている。
鉄輪温泉を中心とするエリアでは、古くから火山活動により熱泥・熱湯・蒸気などの噴出が見られ、「地獄」と呼ばれて近寄ることのできない土地だったといわれる。現在では個性豊かな「地獄」を観覧できる観光施設を見て回る「地獄めぐり」が観光の定番となっていて、うち4つが「日本古来の温泉地として名高い別府の中でも、独特で多様な色彩・形態の下に湧出する観賞上の価値、名所的・学術的価値の高い泉源」として、国の名勝に指定されている。
今回はこの「地獄めぐり」のエリアを中心に、別府のさまざまな表情を楽しめるコースを歩く。
別府の市街地から車で20分弱のところにある鉄輪地獄地帯公園は、ドッグランやグランピング施設を含む広い公園で、20台分以上のスペースがある駐車場も複数ある。今回は公園南東側の国道500号に面した駐車場を基点として、ウォーキングをスタートする(①)。
公園を背にして右に向かえば、早速正面に鶴見岳の雄大な山容が迎えてくれる。途中右手には「天然記念物 坊主地獄」と書かれた大きな看板が見える。90度を超える高温の熱泥がポコッと湧き上がるさまが坊主に見立てられていて、大分県の天然記念物に指定されている(入場は有料)。
交差点で国道500号を渡って、反対側の歩道を100mほど戻り、2本目を右折。細い坂道を下っていくと、右手には火男火売(ほのおほのめ)神社下宮(②)。ここは867年、別府の温泉をもたらした鶴見岳の噴火を治めたとされる神社で、別府の温泉地、また鉄輪の地獄の守り神としても知られている。ウォーキングの無事を願って、参拝していこう。
ここから東に向かって1kmほど住宅地を歩いたら、県道218号を左折して北上する(③)。さらに700mほど歩けば、観光客で賑わう鉄輪温泉街だ。東西に石畳風に整備された坂道がのびており、まずは右のいでゆ坂を下る(④)。左右に昔ながらの商店や飲食店、温浴施設が軒を連ね、人通りは多いながらもどこか落ち着いた風情である。道の側溝や、旅館や公衆浴場の奥からもうもうと湯気が立ちのぼり、風が吹くと時折蒸気が小さな水しぶきのように顔に当たることも。
いでゆ坂
点在する温浴施設の中でもユニークなのが、「鉄輪むし湯」だ。踊り念仏で有名な時宗の開祖・一遍上人(いっぺんしょうにん)によって鎌倉時代に創設されたと伝えられるもので、温泉で熱せられた石室に薬草が敷き詰められていて、その上に横たわって体を温める。敷地内には蒸気の中に足を入れる「足蒸し」もあり、こちらは無料で利用できる。
鉄輪むし湯
鉄輪むし湯の外には一遍上人の立像が置かれており、体の悪いところが良くなるようにお湯をかける「願かけ」ができる
鉄輪温泉街を象徴するもう一つの風景が「貸間(かしま)」である。滞在者が自炊をしながら温泉を楽しむスタイルの、昔ながらの湯治宿で、現在ではリーズナブルにレトロな温泉旅館の雰囲気を楽しめる宿として人気がある。多くの貸間旅館には共同の炊事場があり、調理器具や食器類が備え付けられているが、なかには温泉の蒸気を利用して食材を蒸す「地獄蒸し」のための釜が用意されている宿もある。
いでゆ坂を1kmほど下ると、宿やお店も少なくなってくる。鉄輪東公園の先、左手にある月極め駐車場の脇に、高台へ登っていく道があるので、ここから湯けむり展望台(⑤)を目指して坂を上る。歩行者専用の階段でつづら折りの急坂をショートカットできるので、ぜひ利用しよう。とはいえ、それほど広くない車道の脇を歩く場面もあるので、注意が必要だ。
湯けむり展望台への登り坂。温泉地とは違った、自然豊かな景色が増えてくる
かなり急な勾配が続くので、歩行者用の階段などを活用しよう
湯けむり展望台からは、その名の通り、あちらこちらで湯けむりが立ちのぼる鉄輪温泉街を見下ろせる。奥には鶴見岳、山肌に火をともす「火祭り」で有名な扇山も控え、別府を象徴するような風景を一望できるスポットだ。トイレとベンチもあるので、ここで一度ブレイクするのもいい。
湯けむり展望台を出て左、道なりに進んで、突き当たりを右へ。さらに300mほど進むと、樹木に挟まれていた左右の視界が徐々に開けて、右手正面に別府湾が見えてくる。左へ上る道が交差する丁字路の辺りは、別府の市街と別府湾を見下ろし、右手奥には高崎山を望む、絶好のビューポイントである(⑥)。
この丁字路を左に折れ、坂を上っていくと、今度は左手一帯に田園風景が広がる。ここからは有名温泉地・別府とは思えないほどの、のどかな里山の自然の中を歩く。
手前に別府市街、その向こうに別府湾と高崎山を望む
先ほどまでとは打って変わって、のどかな田園風景の中を歩く
緩やかなカーブを描きながら坂を下り、2つ目の分岐を右に入ると、羽室御霊社(はむろごりょうしゃ)の石の鳥居と石段が見えてくる(⑦)。鎌倉~室町時代に建てられたと考えられている、古く小さな神社で、本殿の裏手には当時この地を治めていた竈門(かまど)氏の墓地とされる石塔が並んでいる。竈門は人気漫画「鬼滅の刃」の主人公(竈門炭治郎)の苗字でもあることから、近年ここを「聖地」として訪れる人もいるようだ。
御霊社を過ぎると、林に囲まれた細い道に入っていく。農園や工事の車などを除けば車通りはほとんどないので、存分に森林浴を楽しもう。
木々の間から、ところどころ別府湾や別府市街を眺望できる
緩やかなアップダウンを繰り返しながら1kmほど林間の道を進み、ちらほらと住宅が見えてくれば、あとは基本的には下りである。時折顔を見せる別府湾の展望に心癒やされながら、さらに1kmほど下っていくと、県道218号に合流し、龍巻地獄、血の池地獄に着く(⑧)。
一般に「地獄めぐり」と呼ばれる鉄輪の観光モデルコースは、「別府地獄組合」が運営する「べっぷ地獄めぐり」を指し、海地獄、鬼石坊主地獄、かまど地獄、鬼山(おにやま)地獄、白池(しらいけ)地獄、血の池地獄、龍巻地獄の7つの施設から成る。それぞれ、温泉の噴出口の独特の自然現象などが見られる施設で、各施設の切符売り場で購入できる共通観覧券で回遊することができる。また、このうち4つが「別府の地獄」として国の名勝に指定されている。
その国指定名勝のうちの2つが、龍巻地獄と血の池地獄である。龍巻地獄は、30~40分に1回、30mにものぼる勢いで熱湯が龍巻のように噴き出す。血の池地獄は、下で起こる化学反応により赤い熱泥が噴出、堆積し、一面赤く染まった池を見ることができる。
龍巻地獄
血の池地獄
続いて、血の池地獄から県道218号を2.5kmほど歩き、温泉街に戻る。車通りが多く、歩道が狭い場所もあるため、歩行には十分注意しよう。
先ほど下っていったいでゆ坂(④)を左に見て、今度は反対側のみゆき坂を上る(⑨)。数分歩く間に、左手に白池地獄、右手に鬼山地獄、上りきった先にかまど地獄と続く。国指定名勝の1つである白池地獄は、血の池地獄とは対照的な青白い温泉を見ることができる。
地獄めぐり通りと名付けられた細道を抜けると、地獄めぐりの中で最も広い海地獄の駐車場があり、観光の拠点として賑わいを見せている。この駐車場を囲むように、残る2つの地獄、海地獄と鬼石坊主地獄がある。また駐車場の手前には公園があり(鉄輪地獄地帯公園の付属公園)、ここの公衆トイレが利用可能。
4つ目の国指定名勝・海地獄は、温泉成分に硫酸鉄を多く含むことから、水面が海のような美しいコバルトブルーに染まっている。宇都宮則綱(うつのみや・のりつな)という人物が1910年に遊覧施設などを整え、入場料を徴収したことから、観光としての「地獄めぐり」始まりの地とされる。宇都宮は大分市会議員、大分県会議員、衆議院議員を務めた、大分県杵築(きつき)市生まれの実業家である。
海地獄の駐車場から国道500号に合流して南西へ向かえば、1km足らずでスタート地点の鉄輪地獄地帯公園(①)に到着する。「地獄めぐり」の後はぜひ日本一の温泉で体を休めよう。みゆき坂、いでゆ坂沿いにも入浴施設がたくさんあるが、別府市内に点在する温泉地をバスでめぐるのもおすすめ。JR別府駅を中心とする路線バスで各温泉地にアクセスでき、1日フリー乗車券を使えばリーズナブルに「別府八湯めぐり」を楽しめる。
鉄輪温泉の周辺エリアは、ウォーキング大会でも少しずつルートを変えながら、よく歩きます。今回のコースは、温泉街や別府の市街地を上から見下ろして、自然も楽しめます。全体的にアップダウンが多く、標高差は約200m。海から傾斜が続く別府の地形を体感できるコースですね。
景観としては、鉄輪温泉街を見下ろす湯けむり展望台(⑤)と、その先で別府市街地、別府湾、高崎山を見渡せるスポット(⑥)、それから後半の龍巻地獄、血の池地獄(⑧)から温泉街へ戻る県道218号(③)沿いで、湯けむり展望台よりも近くに温泉街の景観を見下ろせる箇所があります。湯けむりは湿度が高い日によく見えます。
貸間文化も独特ですよね。長期滞在の湯治客が自炊療養するという文化の名残で、いでゆ坂(④)を下っていくと多くの貸間が見られます。蒸し窯を備えた施設が多く、食材を温泉の蒸気で蒸す「地獄蒸し」が楽しめます。
トイレは、鉄輪地獄地帯公園(①)、鉄輪むし湯前、湯けむり展望台(⑤)、それから海地獄の駐車場の脇にも公衆トイレがありますが、温泉街では地獄めぐりの施設や飲食店がたくさんあるので、あまり心配しなくてもよいでしょう。
PROFILE
古荘喜一(ふるそう・きいち)
1941年、大分県竹田市生まれ。転勤で全国を転々とし、リタイア後の2007年から別府市に在住。56歳の時、勤め先のすぐ近くの宿舎に住んだことにより、日常的に歩く機会が激減。短期間で体重が急増したことをきっかけに、健康のためウォーキングを始める。妻が応募したウォーキング大会に参加して以来、40kmクラスの大会にも参加するように。別府移住後に大分県内ウォーキング大会への参加を始め、2011年から別府湾ウオーキング協会会長を務める。